40代50代60代に新たな「崖」「壁」が広がっているという。1000人以上のビジネスパーソンを取材してきた健康社会学者の河合薫さんは「使い勝手がいい中高年層を利用してきた会社だが、その弊害はいよいよ深刻だ。日本社会に『いずれ自分も当事者に』という想像力が欠如してはいないか」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、河合薫『「老害」と呼ばれたくない私たち』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

「会社」は気まぐれなもの

1000人以上のビジネスパーソンのキャリア人生に耳を傾け続けてきた。そこで痛感するのは、「会社」という存在の気まぐれさだった。

リストラという嵐で会社員を容赦なく切り捨てることもあれば、予期せぬ異動やプロジェクトへの抜擢でチャンスを運んできてくれることもある。

左遷を匂わすような辞令を下したかと思えば、本人でさえ知り得なかった能力を開花させたり、新たなキャリアの航路を切り開く機会を与えてくれたりすることだってある。

なかには、「自分の居場所はなさそうなので」と転職を考え始めたところ、玉突き人事でまさかたまさかの昇進の機会を得た人もいた。

オフィスで頭を抱える女性のシルエット
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会社は「中高年」には目もくれない

そんなまさか、たまさか、棚からぼたもち、の会社員人生を、誰一人、無意味な職業人生だったと悔やむ人はいなかった。誰一人として会社のためだけに働いてきた人もいなかった。

どんな人にもちょっとだけ自慢できる黄金期があり、「つらいことの方が多かったけど」と前置きしつつも、仕事が面白かったときの経験を話してくれた。そのすべてが会社員としての誇りであり、モチベーションだったのである。

ところが、多くの会社は中高年には目もくれないのだ。

そればかりか、最近では各々の年代特有の課題に合わせた“在庫一掃セール”を定着させて、彼らの孤独感を増幅させている。