バッタ博士の上司「ババ所長」。モーリタニア国立サバクトビバッタ研究所のリーダーだ。所長はなぜ、極東の島国からやってきたバッタ博士を受け入れたのか。所長が覚悟と共に捨て去り、今、東洋から来たサムライに託そうとする熱い思いとは。
研究所を率いる男
サバクトビバッタによる農業被害(専門用語で蝗害と呼ぶ)は、西アフリカから中東・南アジアにかけて約60か国にもおよぶ。地球上の陸地面積の約20%が被害に遭う可能性がある。被害が大きい国々ではサバクトビバッタ専門の研究機関が政府によって設立され、バッタの問題は国家的課題として位置づけられている。
国家や国連機関が支援するものの、研究機関の運営は難しい。なぜなら、バッタの大発生は不定期に起こるため、継続的な資金集めが問題となるからだ。大発生中ならいざ知らず、バッタがほとんどいないのに誰が資金援助してくれようか。大発生してからでないと政府は動かないが、それでは手遅れになる。今年、マダガスカルでバッタが大発生し、甚大な被害が出ていることがその典型だ。また、サバクトビバッタは一日に100km以上も飛翔する。あっという間に近隣諸国に侵入するため、国内外の組織的な連携が必要となる。サバクトビバッタを熟知し、政治的手腕に長けた者でなければ研究所を指揮することは不可能なのだ。
このバッタ問題と最前線で闘っている男こそ、この連載にすでに何度か登場した私の上司モハメッド・アブダライ・ウルド・ババ所長だ。がっしりした体型、笑顔が絶えない男。7か国語を操る50歳の生物学博士だ(ちなみにアラビア語、ハッサニア語、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語)。
モーリタニアはサバクトビバッタの重要な発生源のひとつであり、1960年に北アフリカ諸国によって創設された国際バッタ研究センターを前身とするモーリタニア国立サバクトビバッタ研究所は、1995年に国立研究機関として再編された。本部はモーリタニアの首都ヌアクショット(Nouakchott)にあり、国内5か所に支所が設置されている。研究所は今日まで半世紀以上バッタ防除に力を注いできた。
2009年にババ所長が「モーリタニアでサバクトビバッタが大量発生の兆しがある」と世界のバッタ研究者たちに連絡し、その頃日本にいた私は共同研究者と一緒に訪れた。それまで実験室の飼育個体しか見たことがなく、サハラ砂漠で野生のサバクトビバッタを初めて見て感動し、愛していたバッタに惚れなおした。ああ、日本に帰らず、このままずっと観察していたい。