「私は社会の奴隷になってしまった。しかし」
ババ所長の笑顔の裏には重圧と責任感が潜んでいる。所長は時間と労力という犠牲を過度に払っていた。彼はこうなることをわかっていながら、所長の座についた。
元々、田舎生まれのオアシス育ち。代々ナツメヤシを栽培する学問とは無関係の家庭に育ったのだが、学校に行きたくなった。所長は少年時代にサハラ砂漠で遭難し、野たれ死ぬ寸前で遊牧民に救出され、一命をとりとめた。そのとき、自分の残りの人生は神様からの贈り物で、世のため人のためになることをしようと決意した。
人のために何かするためには、学校に行って偉くなる必要がある。父に告げると、「学校になんか行くもんじゃねぇ。偉くなったら束縛されて社会の奴隷になるだけだ」と反対。しかし、父の反対を押し切り、学校に行き、さらに留学し、経験を重ね、モーリタニアのバッタ問題を一手に引き受ける最高責任者になった。
バッタが発生すると連日の作戦会議に追われ、家族とゆっくり過ごすこともままならない。半年ぶりのまともな休日に自宅でテレビを見ていると、その時間にアニメを楽しむつもりだった子どもから「お父さん、なんで今日は家にいるの? 早く仕事にいってよ」と邪魔者扱いされてしまった。ババ所長は家庭に自分の居場所がなくなっていることにショックを受けた。
「父の言った通り、私には自由な時間が無くなり、社会の奴隷になってしまった。しかし、私がバッタと闘わなければ誰が闘う? 私は自分に誇りをもっている」
所長のその献身的な姿勢と情熱を知り、私もまた力になりたいと思うようになり、改めて自分の研究について考えた。楽しく研究することに変わりはない。だが、ただ研究するだけではなく、自分の研究を通じて何ができるかを考え直した。考えた中で一番やりごたえがあると思えたことは、アフリカのバッタ問題を研究の力で解決することだった。
そして私はこの決意を名前に込めることになる。
●次回予告
ババ所長の好意で、ついに研究所の一員となったバッタ博士。ある日所長は、バッタ博士にミドルネーム「ウルド」を授けた。「クウガ」「アギト」「ガイム」「オンドゥル」「ネイガー」(以下略)ではなく、なぜ「ウルド」なのか。今、ついに明かされる謎の(といっても博士の著作では既に明かされています)ミドルネーム襲名の背景とその意味。次回第9回《2人のウルド(後篇)――この名に誓う》、乞うご期待(8月24日更新予定)。