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36年前に廃線になった「幻の鉄道・晴海線」は今どうなっているのか…晴海フラッグが「孤島タワマン」化したワケ
東京五輪・パラリンピック選手村として使用されたあと分譲された「晴海フラッグ」と林立する高層マンション(2024年6月1日、東京都中央区)
遊歩道化工事が進む現在の晴海鉄道橋。錆を落とし竣工当時の色調の復元が進んでいる
現役当時の晴海鉄道橋。豊洲側から見た晴海の風景。奥に晴海団地とセメント工場が見える(中央区立京橋図書館蔵「晴海橋附近」1962年頃)
戦後の開発が始まった頃の晴海。倉庫などもある一方で広大な荒れ地や畑があった(中央区立京橋図書館蔵「晴海町」1957年)
開通後の晴海線。荷下ろしが行われているのがわかる〔中央区立京橋図書館蔵「臨港鉄道晴海線(公共埠頭線)」1958年以降〕
倉庫へと続く線路。奥に見える鈴江の倉庫は一部が残っていたが、東京五輪の際に資材置き場として利用された後にすべて解体された(中央区立京橋図書館蔵「臨海鉄道晴海線」1959年)
1940年日本万国博覧会「会場配置図」(外務省外交史料館別館展示室「
外交史料に見る日本万国博覧会への道
」より)
豊洲に残る鉄道モニュメント。ここが深川と晴海の線路の分岐点だった
戦後の晴海の開発計画。既に築地方面の線路も設定されているのがわかる(加藤清「東京港の現状と晴海埠頭開発計画」『東商』126号 1957年12月)
最後まで残っていた鈴江の倉庫も解体され、埠頭としての晴海の風景はまったく消滅した
開発が進んだ晴海団地。奥に勝鬨橋と都営住宅。隅田川の対岸に日魯漁業(現・マルハニチロ)の倉庫が見える(中央区立京橋図書館蔵「晴海の住宅街」1962年頃)
開発間もない晴海団地は銀座に近く海が見える一方で、陸の孤島でもあった(中央区立京橋図書館蔵「晴海町四丁目」1958年)
現在はもんじゃ焼きに埋め尽くされている西中通もかつては生活に根ざした商店街だった(中央区立京橋図書館蔵「月島西仲通商店街」1958年)
僅かながら高度成長期の遺跡らしき建物も現役。写真は1969年竣工の晴海4丁目ビル
かつて晴海線の機関区があった付近。旅客化が実現していれば晴海駅があったかもしれない
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