老後のお金が足りないのではないか

金融庁金融審議会が、「公的年金だけでは、老後の生活資金が2000万円不足する」という試算を出したことは記憶に新しく、老後の生活資金に不安を覚えた人もいるかもしれません。しかし、会社に定年まで勤めて、厚生年金を受給しているシニア世代の多くは、贅沢をしなければ生活に困窮することはないでしょう。それに、お金の多寡だけで、豊かさが決まるわけでもありません。

中野孝次 著●所得の欲望から自己を解放することが、自分たちの心を自由にし、豊かにすることを、数多の文人たちの生き様に見てとる。(文春文庫)

私の母は父を亡くした後、60歳から77歳で亡くなるまでの18年間、月約17万円の遺族年金を受け取り、家庭菜園の世話などをしながら、悠々自適の一人暮らしをしていました。そして「あなたみたいに朝から晩まであくせく働かなくても、あなたよりもずっと心豊かな生活で幸せよ」と口にしていました。

そこで、老後の生活を考えるときにおすすめしたい本が、20世紀を代表する評論家の1人、中野孝次氏が著した『清貧の思想』です。日本で古来、脈々と受け継がれてきた「清貧」を尊ぶライフスタイルに注目し、それを再評価したものです。本書は、バブル経済崩壊直後の1992年に出版され、たちまちベストセラーになりました。バブルの夢から覚めた日本人は、金銭欲と物欲を追い求める価値観を見失い、虚脱状態に陥っていました。そこに「精神的な豊かさ」という新たな価値観を示され、心引かれたのでしょう。