とはいえ、当初思い描いていたクリエイターのような仕事とはかけ離れた「せどり」を仕事にすることに、葛藤はなかったのだろうか。

「その頃には、周りの目は気にならなくなっていました。仲間も高円寺周辺にいたから、黄色いブックオフの袋を持って自転車で駆け回っていたら、『お前なにやってんの』って声をかけられるんですよ。『いや、ブックオフで本買ってきて売ってるんだよね』って普通に答えてました。いろんな反応があったけど、その時は恥ずかしいとかまったくなかったです」

せどり仲間ができ、旧友たちが合流

せどりを開始して半年ほど経ったころ、当時ルームシェアをしていた友人が一緒にせどりをする仲間になった。その後も、一度就職した友人たちが「会社がつらい」「サラリーマン生活になじめない」などといった理由で合流。中村さんは蓄積したせどりのノウハウを仲間に共有し、みんなで夢中になって働いた。

「一緒にやっている仲間は気心が知れた人たちだし、みんなでゲームをやっているような感覚でした」

せどりで仕入れた本を東京の借家に置ききれなくなり、2006年には賃料の安い地元、長野に倉庫を借りる。翌2007年には、高校のサッカー仲間でもある当時の5人で会社を設立。中村さんが一人でせどりを始めてからわずか1年半たらずで、売り上げは5000万円ほどになっていた。

写真提供=バリューブックス
2007年当時の倉庫とスタッフ

大きくなった会社に生まれたひずみ

中村さんは会社設立と同時に、ブックオフからの仕入れをやめる。本を売りたい人から直接買い取ったほうが早いと考えたのだ。買い取りサイトの運営を開始し、それまでせどりに割いてきた時間や労力を、今度はマーケティングに注いだ。ここでも「しつこさ」を発揮し、会社設立初年度の売り上げは8000万円に成長。

売り上げを伸ばす一方で、中村さんにとってバリューブックスは「社会に適応できなかった自分の居場所」であることに変わりなかった。求人を出すようになってからも、集まってくる人たちは何かしらの事情を抱えた人がほとんど。心の病気を抱えている人、若くして子を持ったシングルマザー、どこも雇ってくれないというギャルのような見た目の人。

「社会に参加しにくい人が、それでも食べていかなきゃいけないっていう時に、経験や知識なんかが障壁になって、社会の真ん中は歩けないんです。アウトサイダー的なゾーンを攻めるしかないんですよ。当時の倉庫はあまりオシャレでもないし、時給が高いわけでもない。それでもここで働きたいって思う人には、みんな働いてもらいたいと思ったんです」

ところが組織が大きくなってくると、その居場所に変化が起きる。

写真提供=バリューブックス
倉庫内で働くスタッフ

会社設立から2年ほどたったある日のこと。東京で電車に乗っていた中村さんは、急に息ができなくなって電車を降りた。「おかしいな」と思いながらもう一度電車に乗るが、再び息苦しくなって電車を降りてしまう。

各駅停車で10駅分を1駅ごとに降りながら、なんとか自宅に帰り着いた。家に帰ってもじっとしていることができず、走り回ったり自転車に乗ったりして肉体を限界まで疲れさせないと眠れない。何が起きているかわからなかった。