こうして2010年、自分が応援したい団体に買い取り額を寄付できる仕組み「キフボン」をスタート。売り上げにつながる買い取り業務に社会的価値を加えたことで安定して社会貢献事業を継続できるようになった。現在は「チャリボン」として約200の団体が支援先として登録され、2024年6月までの累計寄付額はおよそ7億4000万円にのぼる。
「今の社会は『社会貢献性を無視すればするほどもうかる』みたいになっているでしょ。社会貢献性のある事業で資本主義のプレーヤーとして無視できないぐらいの存在になれば、『もうかるためにいいことをしよう』ってなっていくんじゃないかと思うし、そうならないと社会は変えられないと思うんですよ」
その後も再販率の高い本を出す出版社に売り上げの3割を還元する「エコシステム」や、捨てられてしまう本を集めて作った実店舗「バリューブックスラボ」など、事業に組み込む形で捨てる本を減らし、同時に社員のやりがいにつなげる様々な取り組みを手掛けていく。
しかしそれでも、中村さんの違和感は拭えない。
会社が居心地のいい場所であるために
2021年、中村さんは社長の座を離れた。後を引き継いだのは、立ち上げメンバーの一人である清水健介さん。社長交代には様々な背景があるが、理由の一つは、肩書にとらわれない働き方や関係性をつくりたいということだ。2016年に視察したアメリカの企業で、創業者が社長という役割を別の人にバトンタッチしていたことも頭にあった。
「一番重要だと思うのは、会社が多軸的でありたいっていうことなんです。どうしても創業者が社長でずっと居座ると、1個の価値観に偏って権力的になってしまう。社長をやめて他の人にやってもらうっていうのは、その状態を抜けるための最初のステップでした」
さらに今年7月、3年間社長を務めた清水さんにかわって、今度は鳥居希さんが社長となった。鳥居さんは中村さんの少し年上の幼馴染で、親同士の仲がよく、幼い頃から中村さんと家族ぐるみで交流があった人物。大学卒業後に勤めた大手外資系証券会社でリストラを経験し、新たな道を模索するなかで中村さんと再会。2015年にバリューブックスに入社した。
「問題はたくさんあるんですが、女性が多い会社なのに、給与水準の低い仕事に女性が多く従事してるっていう状況をまずはなんとかしたいと思ったんです。その象徴として鳥居さんが代表についてくれたっていうのはありますね」
会社のミッションは積極的に表に出さない
中村さんのユニークな経営方針はこれだけではない。
バリューブックスには「人々が本を自由に読み、学び、楽しむ環境を整える」というミッションがあるが、中村さんは敢えてそれを積極的に表に出さない。価値観の違う人を排除することを懸念しているのだ。
「ミッションは会社の向かう先を明示するために作ったんですけど、僕もスタッフも本が好きだからここで働いてるっていう人なんてほとんどいなくて、ここなら働けるから、なんですよ。本が好きじゃないと入れないってしたら、今ここで働いている多くの人が一緒に働けなくなってしまうんです」
そこには、たった1人で始めたときと同じように、バリューブックスが生きるための居場所であり続けてほしいという中村さんの思いがある。
「僕の1番のモチベーションは、自分がずっと躁うつで生きにくい状況だったから、自分自身を生きやすくするっていうことなんですよ。それをちょっと拡張して、他の人も生きやすい場所になるといいなって思うんです」