国際政治学では研究が進んでいない人種差別と戦争の関係
現代の世界において人種差別を巡る問題は非常に根が深いが、実は国際政治学においてはほとんど研究されていない。たとえば、米国の国際政治学者であるケネス・ウォルツの著書『人間・国家・戦争:理論的分析』(※1)には人種差別(racism)についての言及は一切ない。
2023年に米国ワシントン大学のジョナサン・メーサーが日露戦争におけるロシアの人種差別的対日観が政策決定に与えた影響についての論文(※2)を著すなど、ようやく関心が向けられるようになったが、研究は非常に少ないのが現状である。
その意味で、人種差別と戦争との関係に目を向けたガンダムSEEDシリーズの問題提起は非常に重い。
【※1】Kenneth N. Waltz, Man, the State, and War: a Theoretical Analysis, with a new preface, (Columbia University Press, 2001). 邦訳版。ケネス・ウォルツ(岡垣知子、渡邉昭夫訳)『人間・国家・戦争:国際政治の3つのイメージ』(勁草書房、2013年)。
【※2】Jonathan Mercer,“Racism, Stereotypes, and War” International Security, Vol.48, no.2 (Fall 2023), pp.7-48.
相手を「劣等」とみなして戦えば絶滅戦争になる
ガンダムSEEDシリーズでは、「青き清浄なる世界のために」というスローガンを掲げ、地球連合の政策決定に大きな影響力を持つブルーコスモスという団体を中心に、ナチュラルの間に人種差別的なコーディネーター排斥運動が生まれている。コーディネーターの側にも、『機動戦士ガンダムSEED』後半にプラント最高評議会議長となるパトリック・ザラを中心に、優生主義的なコーディネーター至上主義が存在している。
お互いが人種差別的意識を持つ陣営同士で戦われる『機動戦士ガンダムSEED』における戦争は、相手を完全に滅ぼそうとする絶滅戦争の色合いを呈していく。相手を劣ったものと見なす思想に基づいて戦うとすれば、利害を政治的に調整して共存の道を模索するよりも、完全に滅ぼすか支配すべきという考えに立ちやすくなる。物語の中でも、幾度か相手を滅ぼすまで戦争は続くという発言が見られる。
実際、物語の前史として、プラントのスペース・コロニー「ユニウスセブン」に対する地球連合からの核攻撃が行われている。そのため、パトリック・ザラのように、生き残るためにはナチュラルを滅ぼさなければならないという主張が一定の支持を得ている。
物語終盤になり、地球連合が核攻撃を行い、プラントは巨砲兵器ジェネシスで対抗する。先に撃ったほうが決定的に優位に立てるため、先制攻撃をしようとする誘因が双方に働き、状況が急激にエスカレートする。特に、『機動戦士ガンダムSEED』のように、そうした攻撃優位の状況の根底に人種差別的意識があるとすれば、エスカレーションを抑制させる要因はほとんどない。