本物のやさしさは“知識”から生まれる

高山は続ける。

高山洋平『ビジネス書を捨てよ、街へ出よう』(総合法令出版)

「君がちゃんと“知って”いたら、俺を怠け者として切り捨てなかっただろう。つまり、知識はやさしさの源泉になるってことだ」

テーブルの上の『刃牙』を手に取って見せながら言う。

「君に『刃牙』の知識があれば、別の考えをすることができたんじゃないか? 俺がこの漫画から何かを得ようとしていたかもしれない、と思い至ることができたんじゃないか? 少なくとも“無駄な時間”だなんて、残酷に切り捨てたりはしなかったはずだ。ついでに言うが、君は『美味しんぼ』も読んでいないんだろ?」

「確かに読んでいませんけど……」

「やはりな。もし、君が『美味しんぼ』を読んでいれば、この対話もいくらか和やかなものになったはずだ。なぜだかわかるか?」

「わかりません……」

「つまりだ。俺が“本物の営業”を教えるために君を呼び出したのは、『美味しんぼ』の主人公の山岡さんのパロディなのさ。ところが、君はいつまで経ってもツッコんでこない。俺は悲しかった……。君の知識不足が、一つのボケを殺したんだ。相手のボケを見落とすなど、営業マンとしてあってはならない」

……さっぱりわけがわからない。何かいいことを言っているようだが、やっぱり無茶苦茶な話だ。

仕事なんてしている場合じゃない!

でも、どこか申し訳ない気持ちになってもいる。悔しい。間違っているのは自分なのかもしれない。だんだん頭が混乱してきた。

高山の弁舌は止まらない。今度は、伝票の隅に「営業の基本はやさしさ」と書き出した。

「いいか。繰り返しになるが、営業マンはやさしくなければいけない。そして、そのためには街へ出て、幅広い情報や知識を得る必要がある」

高山は店内から窓の外まで、ぐるりと手で指しながら言った。

「営業マンはルノアールで漫画を読み、個室ビデオの客層や作品のラインナップを観察し、吉野家と松屋の牛丼の違いを分析し、コンビニスイーツの進化に思いをはせないとならん! とにかく、めちゃくちゃ忙しいんだ! 仕事なんてしている場合じゃない!」

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