「子どもの命を救うこと」が最優先のはずが…

その後も、自宅での孤立出産について、「自己都合」と解釈するなど、女性の背景に迫ることを欠いた検証は続く。第4回検証報告書(2017年)では未受診や孤立出産を「胎児への虐待」と断罪。第5回検証報告書(2021年)では「預け入れ者より預け入れられる子どもの側に立った視点が優先されるべき」と、孤立した女性の人権に配慮のない文言が登場。女性への批判は先鋭化していく。

そして今年6月、第6回検証報告書に「匿名での預け入れは容認できない」と記載されたことに慈恵病院の蓮田健理事長が猛反発し、報告書を作成した検証部会と熊本市長宛にそれぞれ公開質問状を提出する事態になった。

※病院側の主張は連載第4回で詳報

検証部会の5人のメンバーは3年前に選任された。部会長の安部計彦氏(児童相談所検証機構代表理事)は児童相談所で20年ほど心理職として勤務した経験を持つ。部会長になる前、西南学院大学教授だった安部氏に筆者は取材したことがある。

当時の安部氏のゆりかごに対する考え方は「一番目は子どもの命を救うこと。二つ目は救われた命が幸せになること。三つ目が子供が成長した後に出自を知る権利を保障すること」だった。

その安部氏がトップを務める検証部会が、ゆりかごの匿名性を否定したのは一体なぜなのか。本人に改めて取材すると、検証部会の新たな問題点が見えてきた。

熊本市の方針が色濃く反映されていた

Zoomでのインタビューに応じた安部氏は「匿名の前提がないならゆりかごが成立しない」という考えに変わりはない、と開口一番に話した。

部会ではゆりかごの匿名性を認めるかどうかといった本質論は議論していない、そして「匿名性を容認できない」という言葉は検証部会から出たものではないという。そして、検証報告書が、熊本市の作成した素案に、各部会メンバーが意見を書き加える工程を経てつくられると明らかにした。

Zoom画面より
取材に応じた検証部会長の安部計彦氏

これまでの検証報告書を精査すると、第1回をベースに、加筆修正を加えながら第2~6回が作成されている。今回問題となった「匿名性」のパートも、第1回の検証を踏まえ、第2回からほとんど同文で書かれている。これは、下書きを作成した熊本市の方針であり、検証部会は当初から支持する立場を続けてきたということだ。

社会情勢が変わり、「第三者」である検証部会のメンバーも変わっているのに、検証報告書の内容が一貫して変わらないのは、このような実態によるものだろう。