「お先真っ暗」と思っていたが…

私は、紆余曲折あって会社を辞めることになるが、会社側と退社することが正式に合意に達した瞬間に、今まで味わったことのない開放感を味わった。まるでマンガを見ているような光景が目の前に広がった。それは、次のようなものだ。

当時は自分の歩む道は、一本道で進めば進むほど道は狭くなっている。薄暗くて遠くを見たくても暗闇で見通すことができない。まさに「お先真っ暗」の状態で、未来に対してまったく希望の光は見えず、ただただ目の前の仕事を必死に片づけていくことしかない、自分が歩んでいく道はこれしかない、許されないのだ、という絶望的な状態に追い込まれていた。

畔柳茂樹『デンソーと農園経営から得た教訓 会社から逃げる勇気』(ワニブックス)

それが、退社が正式に決まった瞬間、目の前の光景は激変した。目の前には薄暗い世界が広がっていたが、そこに明かりがさして先が見通せるようになった。そして今歩んでいる道の先を見てみると、今まで行けば行くほど道は狭くなっていたが、実は道はどんどん広くなって、さらに何本にも枝分かれしていることがわかった。

今の仕事を続けていくしかないという薄暗い一本道から、未来は明るく希望に満ちている、しかも選択肢はいくらでもある、「未来は選べる」という世界に一気にそして劇的に変わった。この目の前の世界が一変したことは、いまだによく覚えているし思い出す。あれ以来、悪い出来事が起きたとしても、未来は明るいし選択できるという思いが僕の中には常にある。

ここで伝えたいのは、あなたが思っている以上に「世界は本当に広くて自由」だということ。決して「これしかない」と考えないでほしい。勇気を出した人に世界はやさしい。

関連記事
定年目前では遅すぎる…80代現役実業家が50歳を超えたら絶対すべしという自分の価値を知るたった一つの行為
なぜ日本人は「休むこと」に罪悪感を持ってしまうのか…「有休取得率が世界最下位」となる3つの根深い理由
遊んでいない人間に、売れる商品は作れない…本田宗一郎が「芸者の話は仕事の話より大事」と語った意味
これだけは絶対にやってはいけない…稲盛和夫氏が断言した「成功しない人」に共通するたった1つのこと
ユニクロ柳井氏のあだ名は「寝太郎」だった…最初の会社を9カ月で辞めた無気力青年が世界的企業をつくるまで