カレーをよそう手を震えさせたモンスターカスタマー

新人時代の諸沢さんは、西牧さんが店舗で会うと失敗をしてよく泣いていたそう。たとえば、

「お客様が食事を終わられたら、一旦お皿を下げるのですが、その時まだ残っていた飲み物も一緒に下げてしまって……。自分が情けなくておいおい泣いてしまいました」(諸沢さん)。

いくら接客現場が好きだと言っても、時にはモンスターカスタマーが店にやって来て、諸沢さんを怒鳴りつけることもある。彼女曰く「カレーをよそう手がしばらく震える」ほど、怖かったとか。

撮影=プレジデントウーマン編集部

そんな頼りなげな諸沢さんへの印象が変わったのは、前述の接客コンテストだった。名物の「ココイチ本部主催接客コンテスト」とは、年に一回、全国各エリアの接客の猛者たちが集まり、舞台上で技を競うもの。プロの演者が客の役になり意地悪な質問や振る舞いをするが、それを当意即妙に返していくのだ。舞台に立つ先輩たちを憧れの眼差しで見つめる諸沢さん(当時バイトで入ったばかり)を見て、何気なく「来年は君も出場するよね?」と西牧さんが問いかけたところ、「はい、出ます!」と二つ返事で答えたそうだ。その躊躇のなさが西牧さんの胸を打つ。

20歳の時、二つ返事で社長の打診を快諾

そして諸沢さんが接客スペシャリストになった20歳の時「次期社長になってくれないか」と打診した。その時もまた、諸沢さんは二つ返事でOKする。「はい、私でよろしければ!」と――。それは、西牧さんが「来年は君も出場するよね?」という誘いを快諾した時と同じテンションだったそうだ。

「20歳の女の子だったら『ええー、社長だなんて私には無理です!』と答えるのが普通かなと思いましたが、諸沢はやっぱり躊躇がない。そこが気持ちいいのです」

西牧さんには“頑固は最悪、素直は最高”という座右の銘がある。年齢的に頑固になりつつある西牧さんにとって、自分の教えを素直に受け止め、素直に実践する諸沢さんが、次期社長に適任だと思った。

諸沢さんもまた「もちろん、考え方が違う時もあります。でも生きている年月が断然長いし、西牧は社長としての実績も素晴らしい。だから西牧の言うことでしたら、間違いないし、私を社長にと推すのでしたら、迷うことはありません」と、断るつもりは1mmもなかったそうだ。

言うなれば、西牧さんが学長のスカイスクレイパー大学を首席で卒業したようなもの。「私は大学にも行っていません……」と諸沢さんは謙遜するが、接客の現場は人生の大学。同級生の誰よりも多く、そして深く学んできた。

こんな諸沢新社長だからこそ、同社の古参社員も誰も反対しなかったそうだ。ちなみにスカイスクレイパーの株はすべて西牧さんが保有しているので、株主からの反対に遭うこともない。