盗聴犯の捜査員を追いつめられなかった検察

また、伊藤栄樹が検事総長だったときに、特捜部の検事たちが、政治家に対する捜査をストップされたことを不満とし、抗議の辞職を行ったこともあった。伊藤栄樹は、検事総長の退官後に新聞に連載し、その後に出版された本のなかで、「おとぎ話」を述べている。非常に意味深長で、興味深い内容であろう。

その国の警察は、清潔かつ能率的であるが、指導者が若いせいか、大義のためには小事にこだわらぬといった空気がある。そんなことから、警察の一部門で、治安維持の完全を期するために、法律に触れる手段を継続的にとってきたが、ある日、これが検察に見付かり、検察は捜査を開始した。やがて、警察の末端実行部隊が判明した。ここで、この国の検察トップは考えた。

末端部隊による実行の裏には、警察のトップ以下の指示ないし許可があるものと思われる。末端の者だけを処罰したのでは、正義に反する。さりとて、これから指揮系統を次第に遡って、次々と検挙してトップにまで至ろうとすれば、問題の部門だけでなく、警察全体が抵抗するだろう。その場合、検察は、警察に勝てるか。どうも必ず勝てるとはいえなさそうだ。勝てたとしても、双方に大きなしこりが残り、治安維持上困った事態になるおそれがある。

それでは、警察のトップに説いてみよう。目的のいかんを問わず、警察活動に違法な手段をとることは、すべきでないと思わないか。どうしてもそういう手段をとる必要があるのなら、それを可能にする法律をつくったらよかろう、と。

結局、この国では、警察が、違法な手段は今後一切とらないことを誓い、その保障手段も示したところから、事件は、一人の起訴者も出さないで終わってしまった。検察のトップは、これが国民のためにベストな別れであったといっていたそうである。こういうおとぎ話。(伊藤栄樹『秋霜烈日 検事総長の回想』朝日新聞社、1988年、165~166頁)

これは、伊藤栄樹が検事総長をしているときに発生した、ある政党の国際局長自宅の電話を警察が盗聴していたという事件である。

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民事裁判では事実認定されたが…

検察庁が盗聴の実行犯を訴追しないため、被害にあった国際局長が損害賠償の民事訴訟を行ったところ、その事実が認定されて、国及び県は数百万円の損害賠償を支払うという命令がなされた。

それを受けて、国際局長が実行犯とされる者を電気通信事業法違反、有線電気通信法違反、偽計業務妨害罪及び公務員職権濫用罪で検察庁に告訴した。しかし検察庁は、実行犯を特定して取り調べを行った結果、電気通信事業法違反については起訴猶予、有線電気通信法違反については嫌疑不十分、偽計業務妨害罪及び公務員職権濫用罪については嫌疑なしとし、不起訴処分とした。