ロッキード事件はなぜ起きたのか
首相級は巨悪だという答えが返ってくるだろう。さらに金権選挙批判、金権選挙を退治するという名分も返ってきただろう。だが当初から、この事件に関して、ロッキード社による売り込みは、田中角栄が関与したとされる民間航空機であるトライスターではなく、自衛隊のPXL(次期対潜哨戒機)をめぐるP-3C対潜哨戒機の売り込みのほうがメインではないかと指摘されていた。
元共同通信社ワシントン支局長の春名幹男が、アメリカ合衆国の国立公文書館等で解禁された文書を調査した。当時のキッシンジャー国務長官がニクソン大統領へ、田中首相を信頼できない人物であるとして告げ、排斥しようとしていたことが明らかになった。ニクソン大統領も、一国の首相である田中角栄に対して侮蔑的で失礼な発話をしている。
とりわけ田中角栄がアメリカ合衆国に先んじて日中国交正常化を成立させたことがキッシンジャー国務長官の逆鱗に触れたとのことである(春名幹男『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』KADOKAWA、2020年)。
そもそもロッキード事件に児玉誉士夫がフィクサー(黒幕)として関与していたのであれば、児玉誉士夫は田中角栄ではなく岸信介元首相と――「刎頸の友」と言えるほどかどうかは別として――非常に懇意であり、1960年安保のときには、岸の要請を受けて右翼や今で言う暴力団を組織して日米安全保障条約の継続に反対するデモ隊へ対抗しようとしたほどの関係である。
「巨悪は眠らせない」にふさわしい功績と言えるのか
国防に関しても共通の認識を持っており、防衛予算にも明るい。先に簡潔に触れたが、伊藤栄樹は、ロッキード事件に関して田中角栄元首相の逮捕・起訴にあたり、裁判の開始後には法務省刑事局長の要職にあり、捜査の進展と裁判で有罪の立証に寄与した。
田中角栄が東京地方裁判所で懲役四年の実刑の有罪判決を受けた際には、最高検察庁の次長検事であった。さらに東京高等裁判所で公訴棄却の判決が下りた際には検事総長であった。一貫してロッキード事件とともに検察官の経歴を重ね、トップまで昇りつめた。確かに、いわゆる金権選挙を行ったとされる政権党の最大派閥の領袖である元首相に対して、有罪の実刑判決へ導いたという意味では、この言葉は妥当なのかもしれない。
しかし、春名が指摘するように、より大きな「巨悪」を逃して眠らせるとともに、日本の独自外交を頓挫させ、他国に追従し、その支配に甘んじるという結果をもたらしたというように見ることもできるだろう。