「睡眠時間」と「パフォーマンス」の関係
もう一つ、睡眠不足と脳のパフォーマンス(反応速度)の関係について実験したデータを紹介しましょう。
横軸に実験日数、縦軸に脳の反応速度を取った、次の図(図表1)を見てください。
一目瞭然で、以下のことがわかります。
・1日8時間の睡眠を取っている人は、日にちがたつにつれて脳のパフォーマンスが下がるが、変化は緩やか。2週間後もパフォーマンスの落ち幅は小さい
・1日6時間睡眠の人は、急激にパフォーマンスが落ちていく。2週間後には、2日徹夜したときと同じくらいまで下がる
ちょっと驚きませんか?
みなさんのなかには「睡眠なんて、6時間もあれば十分じゃないの?」と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、こんなにもパフォーマンスが落ちるのです。
また、こうしたパフォーマンスの低下は、なかなか「自覚しにくい」というのが、非常にたちの悪いところです。
2日間の徹夜後にパフォーマンスが落ちることは、誰でも自覚できます。
けれども6時間睡眠が続くときは、落ち方が少しずつなので、さしたる不調も感じないままに疲労をためてしまうのです。
これは、ビジネスでよく使われる“ゆでガエル理論”と通ずるものがあります。
ゆでガエル理論とは、
「少しずつ起こる環境の変化に対応できないと、結果的に、後々大きな損害を被る」
という危機管理にまつわる理論のこと。
この理論は、
「カエルはいきなり熱湯に入れると驚いて逃げ出すが、常温の水に入れて水温を少しずつ上げていくと逃げ出すタイミングを失い死んでしまう」
というつくり話が由来になったといわれています。
現代人の疲労もこの“ゆでガエル”と似て、気づかないうちに蓄積され、あとになって「うつ」のような大きな症状となって現れます。
そうならないためにも、可能な限り、睡眠時間を確保することが大切なのです。
睡眠時間6時間より7時間のほうが元気が出ない理由
現代人で睡眠に関心のない人は、ごく少数派でしょう。
実際、昨今いろんなところから「眠れない」という悩みの声が寄せられているのを耳にします。
そのせいか、睡眠の「質」にこだわる人が非常に多い。
ネットやテレビなど、さまざまなメディアから情報を集めては、
「睡眠は深さがポイントらしいよ」
「眠れないときは睡眠導入剤を使ってもいいんだって」
「なかなか眠れないのは、日中の運動不足のせいかもしれない」
「寝る前は“スマホ断ち”したほうがいいみたい」
などと、“上質な睡眠”を模索するようです。
それ自体は悪いことではありませんが、多くの場合、情報に振り回されるだけで、たいした効果は得られません。
「質の良い睡眠を十分に取る」ことが強迫観念のようになって、
「いろいろ試したけど、あれもダメ、これもダメ。ちっともぐっすり眠れない」
と、“眠れない感”をいっそう強くしてしまうのです。
実際、最近の研究で、
「6時間睡眠の人と7時間睡眠の人とでは、7時間寝ている人のほうが元気がないケースがある」
ということがわかってきました。
なぜだと思いますか?
それは、7時間睡眠の人のほうが6時間睡眠の人より、たくさん眠っているにもかかわらず“睡眠不足感”が強いからです。
6時間睡眠の人は本来ちょっと睡眠不足だけれど「自分は十分寝ている」と思っている。一方、7時間睡眠の人は数字のうえでは十分寝ているのに、「自分は9時間寝ないとダメだ。2時間も足りない」と思っている。
それで7時間睡眠の人は「もっと寝なきゃ」と不安になることで、かなりのエネルギーを消耗しているわけです。
何とも皮肉な話ではありませんか。
だからこの際、睡眠に「質」を求めるのはやめましょう。
どのみち“うつの入り口”――前述の疲労レベルで「二段階」にある人は、すでに睡眠の質が低下しています。「三段階」にある人なら、なおさらです。
「一段階」にあって、ぐっすり眠れたときの質をイメージして、「眠れない」と訴えても意味がありません。