「戦術的共感」で信頼関係を構築する

グレッグはまず橋を築く。相手に何かを語らせる。相手の言うことを批判しない。相手の話を遮ることもない。そうやって信頼関係を構築していく。相手に「自分の意見が重視されている」と思わせる。正しい質問をすることで、相手の話を真剣に聞いていること、相手を気にかけていることを理解してもらう。

相手に共感と理解を示し、そして質問によって貴重な情報を集める。いわゆる「戦術的共感」によって、根本的な問題を探っていく。容疑者はなぜ怒っているのか? 容疑者の本当の望みは何か? 優秀な人質交渉人は、相手の立場で考え、会話の主役を相手にすることで、信頼関係を築くと同時に、相手に影響力を与える下地も整える。

これが経験の浅い交渉人にとってもっとも難しい部分だ。相手の立場で考えるよりも、一刻も早く問題を解決しようとしてしまう。しかし緊迫した状況で相手に望み通りに動いてもらうには、信頼関係を確立することが不可欠だ。

自分の話を真剣に聞いてくれる人、自分を本気で心配してくれる人がいると感じることができると、相手に対する信頼感が生まれてくる。

「お腹が減った?」「車が必要か?」と問いかける

グレッグはこのテクニックを、「相手を助ける存在になる」と呼んでいる。相手が望みをかなえる手助けをするということだ。「そろそろお腹が空いてきたんじゃないか? 今から食べ物を送ろう」「帰りの車が必要なのか? 用意するから希望の車種を教えてくれ」などと声をかけることで、グレッグは相手のパートナーのような存在になる。

交渉が始まった瞬間から、「私はあなたを助けるためにここにいる。私たちはチームだ」というメッセージを伝えるのだ。

この態度は、グレッグが使う言葉にも表れている。「きみと私でこの問題を解決しよう」「きみの協力がどうしても必要なんだ。きみも事態を悪化させたくはないだろう?」というように、チームであることを強調している。グレッグはチームの仲間であり、相手を助けるためにここにいるのだ。たいていの人は、自分を助けようとしてくれている人を相手に、ずっと腹を立てていることはできないだろう。