犯人を力で脅しても何も解決しない
この事件をきっかけに、グレッグは人質交渉人に転身した。キャリアはもう20年になる。これまでいくつもの国際人質事件を担当し、逮捕後のサダム・フセインとも話している。さらにかの有名なFBI行動科学課のトップも務めた。グレッグもまた、銀行強盗犯を説得し、連続殺人犯を尋問する中で、誰もが不可能だと思うような状況で人々の態度を変えてきたのだ。
危機における交渉術が最初に脚光を浴びたのは、1972年のミュンヘン・オリンピックだ。オリンピック開催中にテロリストがイスラエル選手団を人質に取り、11人を殺害するという事件が起こった。それまでは、力ずくで犯人と対峙するという方法が主流だった。「手をあげて出てこい! さもなければ撃つぞ!」という態度だ。
しかしミュンヘンや、その他の事件での失敗をきっかけに、犯人を力で脅しても解決しないという認識が広まっていった。そこで軍や警察は心理学を学び、行動科学を用いた新しいテクニックを採用するようになった。
9割の犯人を投降させるテクニック
数十年ほど前から、グレッグのような交渉人はこの新しいテクニックを活用している。彼らはこのテクニックを使って、国際テロリストに人質を解放するよう説得したり、自殺しようとしている人を思いとどまらせたりしている。
家族を殺したばかりの人もいれば、人質を取って銀行に立てこもっている人もいる。彼らは、説得してくる相手は警察の人間であるということも、ここで説得に応じたら自分は逮捕されるということもよくわかっているが、それでも10人中9人は自分から投降してくる。その理由は、ただ単にそうするようにお願いされたからだ。
ここで紹介するのはかなり古典的なテクニックだ。驚く人もいるかもしれないが、グレッグ・ヴェッキのような人質交渉人が昔から使っているテクニックでもある。
この数十年の間、人質交渉人たちは階段式のシンプルなモデルを使ってきた。国際テロリストに人質を解放するように説得する場合でも、自殺しようとしている人を思いとどまらせる場合でも、基本的には下の図(図表1)のような段階を踏んで相手の合意を取りつける。