「人質を解放しないと撃つぞ!」はあまりに芸がない

階段の1段目は、相手に影響を与えることでもなければ、説得することでもない。

しかし経験のない交渉人は、ここでストレートに要求を伝えてしまう。

「人質を解放しないと撃つぞ!」というように、望みの結果をすぐに手に入れようとするのだ。

もちろんこの戦略はうまくいかない。あまりに芸がなく、攻撃的すぎる。むしろ抵抗を激化させる結果になるだろう。なぜなら、最初から相手に影響を与えようとするのは、自分のことしか考えていないからだ。相手の望みや言い分は完全に無視して、自分の要求だけを伝えている。

人を変えるには、まずこちらの言い分に耳を傾けてもらわなければならない。そして話を聞いてもらうには、信頼してもらう必要がある。この信頼関係がなければ、何をどう言ったところで相手は絶対に説得されない。

なぜ「友人の口コミ」には耳を傾けてしまうのか

ここで視点を変えて、口コミが持つ力について考えてみよう。口コミは広告よりもはるかに大きな力を持つ。新しいレストランができた場合、広告で「おいしい」と言われても、言葉通りに信じる人は多くない。広告の言葉は信用できないと思われているからだ。

スマホで口コミ用の料理の写真を撮る人
写真=iStock.com/tanit boonruen
※写真はイメージです

ところが、実際にそのレストランで食べた友人から「手打ちのタリアテッレが絶品だったよ」という話を聞けば、自分も食べてみようと思うだろう。なぜなら、友人との間には信頼関係がすでに確立しているからだ。長年の友人なのだから、自分にウソを言うことはないと信じている。

そのためベテランの交渉人は、最初の段階で自分の要求を出したりはしない。まず相手を知るところから始める。相手の状況、感情、動機を理解し、そして理解していることを相手にわかってもらう。

危機的な状況にある人は、誰も自分を助けてくれないような気持ちになっている。彼らは何かが理由で怒り、傷ついていて、誰かに話を聞いてもらいたい。しかし誰も聞いてくれないので、人質を取って立てこもるというところまで追いつめられているのだ。

そのためグレッグ・ヴェッキは、いつも同じ言葉で交渉を始める。「どうも、私はFBIのグレッグです。そちらは大丈夫ですか?」。相手が5歳の子供でも、50歳の銀行強盗でも、自殺しようとしている母親でも、殺人犯でも、最初の言葉はいつも同じだ。

「こちらはヴェッキ特別捜査官だ」というような形式張った言葉でもなければ、もちろん「手を上げて出てこい。さもなければ引きずり出す」というような攻撃的な言葉でもない。

どちらも信頼関係の構築にはまったく役に立たないからだ。