※本稿は、亀山陽司『ロシアの眼から見た日本』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。
ロシアを相手にした交渉は難しい
外交交渉の場で出会う典型的なロシア人の姿を描写してみよう。
まず、彼は部屋に入ってきた我々を立って出迎え握手を求める。席についた彼らは椅子の背板にもたれるようなことはしない。両手は軽く組んで机の上にそっと置いている。これが礼儀正しい話の聞き方とされているのだろう。
こちらが話すことはちゃんと聞き、話に割り込むようなことはしない。表情はにこやかであるか、または無表情である。概して日本側代表の方がだらしなく座っていることが多いくらいだ(私もそうだった)。
逆に不自然に親しく歓待してくれるような場合には、何か魂胆があると考えた方がいいだろう。
これだけを見ても、ロシア人は交渉者として決して油断してはいけない相手であることがわかるのではないだろうか。つまり、相手に隙を見せないことを信条にしているのだ。
しっかりと理論武装し、礼儀正しく、そして忍耐強い。こういう相手を前に、自分の主張を通すのは簡単ではない。だからロシアを相手にした交渉は難しいのである。
自分のものを決して手放さない
ちなみに、ロシア人の忍耐強さは教育によって培われたものというよりは、社会生活の中で自然に身についたものと思われる。今はそれほどでもないかもしれないが、私がロシアに行った2000年代にはまだ至るところに行列があった。
まず、長距離列車の切符を買うのに長い列に並ぶという洗礼を受けた。役所の窓口にも行列がある。郵便局で荷物を受け取るにも行列。そして私が一番よく並んだのがマクドナルドのレジの行列だ。並んだ行列の先にレジがなかったこともある。そうなると並びなおしである。とにかく忍耐だ。
忍耐しなければ何にもありつけない。そして、黙ってずっと並んで、自分の番が来れば、これは私の権利だと言わんばかりに居座って用を済ますのである。自分のものになったものは決して手放さない、という強い意志のようなものを感じる。
家主に渡した敷金は返ってこなかった…
こうした彼らの気質には苦い思い出がある。ロシアに赴任したてのころ、モスクワ大学の近くのマンションの一室を借りていたのだが、別の部屋に引っ越すことを告げたら、家主の女性から最後の月の家賃を払えと言われた。
最後の月の家賃は入居時に払っていた敷金を当てるという約束だったと言うと、敷金は部屋を出るときに返却するということだった。