「犯人にペットはいるのか?」
「それはどういうことだ?」とグレッグは答えた。「情報ならもう伝えたじゃないか。さっきわたしたファイルにすべて……」
「違う、そうじゃない」。その男は続けた。「昔の犯罪やら、暴力にまみれた過去を知りたいわけじゃないんだ。きみは彼の電話を盗聴していたんだろう?」
「そうだが」と、グレッグは答えた。
「彼はどんな男だ?」
「それはどういう意味だ?」と、グレッグは尋ねた。
「彼は普段どんなことをしている? 趣味はあるのか? 家族のことも教えてくれ」と、その男は矢継ぎ早に尋ねた。「ペットはいるのか?」
容疑者にペットはいるのかだって? グレッグは心の中で反問した。完全武装のSWATチームを送り込んで逮捕しようとしている容疑者に、ペットがいようがいまいがどうでもいいではないか。この男は何をくだらないことを言っているんだ。チームに置いてけぼりにされるのも当然だ。
それでもグレッグは、訊かれたことには律儀に答えた。そして資料をまとめて帰ろうとしたところで、その男に呼び止められた。「最後にもう1つだけ。その容疑者は現場にいるんだな?」
「そうだ」と、グレッグは答えた。
「それなら、彼の携帯番号を教えてくれ」
そして彼は部屋を後にした。
暴力的な凶悪犯が両手をあげて投降
現場に突入する時間がやってきた。SWATチームの準備はできている。建物の外で一列になって並び、今にもドアを蹴破ろうとしていた。黒ずくめの装備に全身を包み、盾と銃を構えている。彼らは今にも、「地面に伏せろ! 地面に伏せろ!」と叫びながら突入し、容疑者の身柄を確保するだろう。それがいつもの手順だ。
ところがSWATチームは一向に動きを見せない。数分がすぎ、そしてさらに数分がすぎた。グレッグは心配になってきた。容疑者のことは誰よりもよく知っている。彼が友人や組織の仲間と話すのを聞いたこともある。この男をなめてはいけない。必要なら人殺しも辞さない男だ。ロシアの刑務所に入っていたこともある。戦いを恐れるはずがない。
すると突然、建物のドアが開いた。
あの容疑者が外に出てきたのだ。しかも両手をあげている。
グレッグは面食らった。彼はこの仕事をしてもう長い。アメリカ陸軍と農務省の特別捜査官としてかなりの経験を積んできた。覆面捜査官として全国を飛び回り、メキシコとの国境では汚職捜査も担当した。つまり筋金入りのベテランということだ。
しかし容疑者が自発的に投降し、まったく抵抗せずに逮捕される?
そんな光景を見るのは初めてだった。そのときグレッグは気がついた。ブリーフィングの後で彼に質問をしてきたハゲでチビのあの男は、人質交渉人だったのだ。人質交渉人が容疑者を説得し、誰もが不可能だと思っていたことを可能にした。
現に容疑者は自分の意思で外に出て、おとなしく逮捕されている。グレッグは感心せずにはいられなかった。そして「あの男になりたい」と本気で思った。