ユーザー・イノベーションは、米国のマサチューセッツ工科大学のエリック・フォン・ヒッペル教授によって提唱された商品開発の手法である。日本でも、ユーザー・イノベーションの認知度は少しずつ高まってきてはいるものの、実際にユーザー・イノベーションに取り組む企業は、まだ少数派だという。研究所や開発スタッフを社内に擁する大手企業などには、商品開発は社内で行うものという思い込みが強いためだろう。
オタフクソースは、ソース製造に乗り出した戦後の広島の街で、後発メーカーとしてのマーケティングの壁に直面したことから、期せずして商品開発をめぐるこの思い込みを脱することができた。そして、後発メーカーとして抱えていた商品開発における競争上の不利を、克服していくのである。
営業スタッフが街の人気店に飛び込み訪問
オタフクソースの商品開発の流れは、営業スタッフによる街の人気店への飛び込み訪問からはじまる。営業スタッフは、日々担当エリアの人気店の情報にアンテナを張り、見つけた飲食店を訪問しては、サンプルなどを提供しながら、要望通りのソースやタレなどを特注品としてオタフクソースの工場で製造できること、そしてそのメリットなどを説く。
オタフクソースとしては、こうした特注品をつくるだけでは、自社の利益への貢献は見込めない。いかに人気店とはいえ、一飲食店のための生産では、工場での生産のメリットにつながる規模には達しない。
だが、オタフクソースは、そこから独自のアレンジを加えた業務用、さらにはプロの味を家庭でも楽しめるソースやタレなどをつくり、広く販売していくことができる。また求められた味を作る過程が営業や試作開発のスキルの向上にもつながるなど、将来的な売り上げにつながるような社員のレベルアップにも寄与している。
こうしてオタフクソースは、変化のやむことのない食のトレンドをとらえた商品を次々に投入することに成功してきた。自社のソースを小売店や問屋に取り扱ってもらえず、仕方なく始めた行動から生まれた独自のユーザー・イノベーション的な開発の仕組みが、今もオタフクソースの成長を支えている。