「通勤電車」と化していた新幹線が、今後大きく変わる
これを後押ししたのがコロナ禍だ。2020年度の東海道新幹線の旅客収入・輸送量は対2018年度32%という惨状で、2021年度は同45%、2022年度は同75%、2023年度上期は同90%と段階的に回復しているが、行動変容やリモートワーク・オンライン会議の普及で需要は完全には戻っていない。
例えば東海道新幹線の2023年11月の輸送量は、東京口「のぞみ」が対2018年度約95%だが、曜日別に見るとビジネス需要主体の平日が同91%、旅行需要主体の土休日が同101%と差がついている。通勤利用が多い「こだま」の輸送量が同86%にとどまっているのも傍証になるだろう。
新幹線の利用実態を示す統計は存在しないが、ジェイアール東海エージェンシーが定期的に実施している「新幹線ユーザープロファイル調査」を参照すると、東海道新幹線の利用目的は出張などビジネスに関わる利用が7割という。
つまるところ東海道新幹線は「通勤電車」だった。JR東海は「東海道新幹線の輸送量とGDPは相関関係にある」と喧伝するが、それが真実か疑似相関かは別として、日本経済の中心である東名阪の巨大なビジネス需要に対応する輸送力の整備こそが東海道新幹線、ひいてはJR東海の使命だった。
長く続いた需要過多の状況から「攻め」に転じた
ところがその構図は供給増と需要減、加えて「密」を回避する社会的要請でひっくり返った。もちろん意図したものではないが、JR東海は「発足以来、初めて需要を上回る座席を提供できるようになり、ようやく攻めの営業施策が可能になった」と前向きだ。
実際コロナ禍以降の同社は、多様な旅行商品、利用ニーズごとの専用座席、意外性のあるイベント・タイアップなど、通勤電車の枠に閉じ込められていたこれまでのイメージを覆す取り組みを進めている。
お子さま連れ車両は10年以上の歴史がある取り組みだが、コロナ以降はパソコン操作やオンライン会議を気兼ねなくできる、ビジネスパーソン向け「S Work車両」の設定、そのうち10席は3列シートを2人で使う「S Work Pシート」の販売など、余剰輸送力に付加価値をつける取り組みが始まっている。
またJR東海は昨年10月、同社が目指す鉄道の将来像として「多様なニーズに応じた高付加価値サービスの提供」を挙げ、「移動時間を一層快適にお過ごしいただけるようなグリーン車の上級クラス座席や、ビジネス環境を一層高めた座席」の検討を表明している。
リニア開通で「食堂車復活」もありえるかも
日本政府観光局が集計する訪日外客数(速報値)は2023年10月、11月の2カ月連続で2019年同月を上回り、インバウンドは回復から次の段階に進み出した。彼らは新幹線で国内を周遊するだけでなく、新幹線乗車そのものも旅の楽しみのひとつだ。
将来的にリニア中央新幹線が全通すれば、「速達性」「大量輸送」を担ってきた東海道新幹線の役割は大きく変わる。その時、東海道新幹線の余剰輸送力を「在来線」として安く売りさばいてもよいのだが、どうせなら消費額の多い「高付加価値旅行者」の取り込みなど、リニアにはない独自の価値も模索するはずだ。
そうなれば眺望を重視した個室やラウンジ、もしかするとカフェテリアやビュッフェなどの特別車両・サービスの復活もあり得ないとは言えないだろう。
現在、続々と導入されている「N700S」車両は、「Supreme」の「S」を冠した「最高の新幹線」という位置づけだが、言い換えればこれまでの「通勤電車」としての到達点でもある。2030年代半ばの登場が想定される次期車両、あるいはさらにその先、2050年代に登場する車両は、多様なニーズに応える、これまでとは異なるコンセプトの車両になるのかもしれない。