「男性脳」「女性脳」とニューロセクシズム
こうした「男性脳」「女性脳」という偏見を招く説は、昔から広く流布されてきました。でも、じつは40年前のたった14人のデータに基づいた説だったのです(※3)。また、科学的根拠に乏しいだけでなく、性別役割分担を助長する恐れがあるということは、今ではよく知られていることです。
以前から、認知神経学者の四本裕子氏は「ニューロセクシズム」という言葉を使って、「男性脳」「女性脳」というのは根拠のない説であることを詳しく説明しています(※4)。ニューロセクシズムとは「男女の脳は生まれつき異なるから、行動や思考も異なる」という考え方のこと。性別ステレオタイプや偏見を正当化するときに使われます。その後、たった14人ではなく、多数の人を対象とした調査や研究で、性別による脳の形や構造から感じ方や考え方が違う、能力に差があるということは否定されているのです。
それでも個人的な経験から「男女で感じ方や考え方には差がある」と感じている人はいるかもしれません。ただ、その違いは生来のものではなく、無意識であっても周囲の期待に沿うよう、また刷り込まれた性的役割に沿うよう言動を選択しているに過ぎないかもしれません。四本氏が言うように、感じ方や考え方、行動様式や性格の違いは、性差よりも個人差によるもののほうが大きいでしょう。たとえ男女で感じ方や考え方の傾向に違いがあったとしても、それが必ずしも脳の構造による違いであるとはいえません。
尾道市長はこうした事実を踏まえたうえで謝罪し、「性別による役割を固定的にとらえる意識や慣行を助長する表現内容があり、配布を中止しました」としています。
※3 De Lacoste-Utamsing C, Holloway RL “Sexual Dimorphism in the Human Corpus Callosum” 1982;Science 216(4553):1431-2.
※4 日経xwoman「ニューロセクシズムとは何か?『脳の男女差』に潜むわな」
父親だけ「できることから」でいいのか
一方、2023年4月にできたばかりの「こども家庭庁」は、「母子健康手帳情報支援サイト」というサイトを作っています(※5)。そこには「◎お父さんの役割 子育ては、お父さんとお母さんがよく話し、二人が主体的に育てていくという意識を持つことが大切です。お父さんもおむつを替えたり、お風呂に入れたり、あやしたりなど、積極的に子育てに参加しましょう。また、お母さんを独りぼっちにせず、精神的に支え、いたわることもお父さんの大切な役割です」とありました。これは間違いのない内容ですね。
しかし、続いて「◎お父さんも育児を お父さんも赤ちゃんとスキンシップをしっかりもち、おむつを替えたり、お風呂に入れたり、できることから始めましょう」とも書かれていました。多くの人からの指摘を受けて8月9日に当該部分のみ削除されましたが、父親はできることから始めるのだとしたら、できないことはどうするのでしょうか。他の誰にやってもらうのでしょうか。もしかして母親だけがやるのでしょうか。母親もできなかったらどうしたらいいでしょうか。これは揚げ足取りではなく、とても大事なことです。
世の中の母親は「できることから始めましょう」とは決して言われません。10カ月にわたる妊娠、そして出産のダメージを負いながらも、母親になった途端に子育ての全責任が女性にあると周囲から言われがちで、本人もそう思ってしまいやすいのです。だから、父親と同じように初めは「できそうにもない」と感じたとしても1人で頑張ってしまうことが多く、産後うつなどにもつながりかねません。父親は、その責任を母親と同等に分かちあうべきだと私は思います。