※本稿は、前田正子、安藤道人『母の壁 子育てを追いつめる重荷の正体』(岩波書店)の一部を再編集したものです。
アンケート用紙いっぱいに綴られた働く母親たちの叫び
2023年4月、こども家庭庁が発足した。ようやく子育て支援政策が重要な政策課題として取り上げられるようになった。岸田内閣は異次元の少子化対策をするといい、男性の育児休業取得の向上や、非正規やフリーランスの人がより子育て支援策を利用しやすくなる制度の導入、年収の壁の見直しなど、いよいよ議論が始まるようだ。だがそこに、母親たちの声は届くだろうか。
ここで取り上げているのは、2017年に、私たちがある自治体(A市)で実施したアンケート調査の結果である。この年は、2000年代に入って最も待機児童の多い年であった。対象となったのは2017年4月にA市の認可保育園への入所を目指して入所申請した、2203の全世帯である。A市では入所申し込み者の3割強が入所できていなかった。
調査では、保育園に入れたかどうかで、その後、母親や世帯にどのような影響が出るのかを見ようとした。そしてアンケート用紙の最後のページに、以下のような説明文で自由記述欄を設けた。
母親たちの生きづらさの背景にある社会的障壁とは
調査に回答したのは1324世帯で、回収率は60%である。さらに回答者のほぼ半数の651世帯が、自由記述欄に何らかの書き込みをしていた。そのほとんどが母親によるものであり、A4用紙いっぱいに手書きで書き込まれ、回答欄をはみ出た長文も少なくなかった。そこには、保育園や家庭や仕事についての、さまざまな母親の生きづらさや苦悩が綴られていた。一方で、まるで示し合わせたかのように、同じような内容や体験を記した文章もたくさんあった。
私たちは、この母親たちの声を世に出したいと思った。母親たちの抱える悩みやつらさ、望み全体像を示すことにより、少しでも母親の置かれた状況への社会の理解が深まり、母親を取り巻く環境の改善が進むのではないかと考えたからだ。
母親たちの生きづらさの背景にある社会的障壁を母親たちの「壁」と名付け、さらに「保育の壁」「家庭の壁」「職場の壁」の三つに分けた。そして、それぞれの「壁」について、母親たちの声を引用しながら、できるだけありのままに描き出すことを試みた。ここではその中の「保育の壁」について見ていきたい。
調査を行った2017年は全国で保育所等の待機児童が2万6081人にのぼり、ピークに達していた。厚生労働省は、それから5年で2万3137人減少し、2022年時点で待機児童数は約9分の1になったと発表している(図表1)。
ただし、待機児童は保育園に入所申し込みをして入れなかった人のうち一定の基準に該当する一部に過ぎず、2022年にはその他に申し込んだのに入れなかった児童が約6.5万人弱(育児休業中の者を除く)いると推計される。