コロナ禍を乗り越え過去最大の売り上げ
矢萩氏が経営する株式会社やまがたさくらんぼファームは、山形県天童市にあって、果樹の栽培を祖業とする企業である。そして現在のやまがたさくらんぼファームは、果実の生産にとどまらず、販売、観光、加工、飲食へと事業の幅を広げている。家族経営を脱し、スマート農業、6次産業化、そしてSDGsなどの要素を取り入れながら、着実に事業を拡大している。コロナ禍の逆風のなかにあっても、過去最大の売り上げを実現している。
本書の魅力のひとつは、矢萩氏の経営感覚にある。矢萩氏は部分に注力するあまり、全体を見失うことなく、ことを進めていく。こうした判断と行動ができるのは、矢萩氏が若い頃の失敗などからの学びを生かしているからだが、もうひとつ重要なのは、矢萩氏が日頃から家族や従業員、ステークホルダーなど、各所での人との関係を共感をもって受け止め、大切にしていることだと思われる。そのために、新しく何かを行おうとすれば、その先において多くの人との関係が動くことに思いが至るのだと思われる。
日本の経営学の指導的立場にある伊丹敬之氏と加護野忠男氏は、その著書『ゼミナール経営学入門』(日本経済新聞出版、第3版、2003年)のなかで、経営とは何をすることなのかと問うている。そして、企業の経営には、環境のマネジメント、組織のマネジメント、矛盾と発展のマネジメントの3つのマネジメントが必要になると述べている。経営とは、この3つのマネジメントの部分の取り組みに終始するのではなく、その全体を見失わずに、その場そのときの課題に向き合いながら、人と人の協働をうながしていくことなのである。