冷戦期における米ソ対峙の最前線

冷戦期、北極海はまさしく米ソ対峙たいじの最前線でした。上空では核ミサイル・爆弾を搭載した米空軍のB-52爆撃機やソ連のベアといった戦略爆撃機が空中で待機し、水中では弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(戦略潜水艦:SSBN)が哨戒しょうかいする軍事的緊張の最前線だったのです。この軍事力の展開、24時間365日パトロールが継続し、その間に核兵器搭載機の墜落事故や潜水艦の衝突等、様々な危機がありました。冷戦後、いったんその緊張度は下がりましたが、2000年代後半からのロシアの強圧的態度、クリミア半島併合、ウクライナ戦争で徐々に緊張が高まっています。

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一方、冷戦時代における数少ない国際協調の成果も北極にはあります。米ソに加えカナダ、デンマーク(グリーンランド)、ノルウェーという北極海沿岸国の間で結ばれた1973年のホッキョクグマ保存条約。この協定では、無規制なスポーツ狩猟を禁止し、航空機や砕氷船からのホッキョクグマの狩猟を禁止しています。さらに加盟国に、ホッキョクグマが生息する生態系を保護するための適切な行動をとることを求めています。

北極は上空と海中では核兵器による軍事的な緊張関係を維持しつつ、氷上ではホッキョクグマ保護のために合意するという、不思議な空間でした。

海氷や氷山が航海中にほとんど見えない

一方、ウクライナ戦争が現在進行形であっても気候変動、温暖化問題は待ってくれません。

20世紀初め、イギリスの地理学者ハルフォード・マッキンダーが、ユーラシアの内陸部を「ハートランド」と呼び、その重要性を説きました。地政学の原点といえるお話ですが、その時に使った地図で描かれた北極海は、夏でも氷が融けない凍ったままの海だったのです。過去の探検家、航海者があれだけ挑んでも通航できない困難な海、それが当時の常識だったのでしょう。

2020年夏、船齢100年を超えるロシアの帆船がベーリング海峡から北極海経由で大西洋まで航行したことがニュースになりました。過去の実績から、常に氷で閉鎖されているいくつかの海峡を通航するときは氷との遭遇を覚悟していたそうですが、北極海航海中ほとんど海氷や氷山を見かけることはなかったと報じられています(Atle Staalesen,“There was no ice on the water,says captain of tall ship Sedov about Arctic voyage”, The Barents Observer, October 13, 2020.)

まさに気候変動、地球温暖化が進行している証左といえるでしょう。北極は地球上の他の地域の4倍速で温暖化が進行中という研究もあります(Mika Rantanen et al, ”The Arctic has warmed nearly four times faster than the globe since 1979”, Communications Earth & Environment volume 3, Article number: 168, 2022)

このように、地理的にも、国際政治的にも大きな変化に直面する北極は、まさに地政学的大変化の最前線にあるといえるでしょう。