「ずーっと胸に刺さったままだった棘が抜けた気分」

ところが、あるとき、夫からの電話が1週間、途絶えました。妻が電話をかけても留守電になっています。血圧が高め、医者からは不整脈を指摘されたこともあります。

「もしや」と気になった彼女は夫の住む家を訪ねました。合鍵で玄関のドアを開けると、夫がいくらか驚いた様子で目の前に立っています。

「あれ、どうしたの? なにかあった?」

彼女の心配をよそに、夫はキョトン。それを見た彼女は口ごもりました。

「電話に出ないから……」

弘兼憲史『弘兼流 70歳からのゆうゆう人生「老春時代」を愉快に生きる』(中央公論新社)

しかし「心配になって見に来た」という言葉は飲み込みました。「まだ愛している」というメッセージと思われたくなかったのです。それでも、夫は嬉しそうだったようです。彼女は「元気そうね。じゃ、帰るから」と即座に立ち去ろうとしました。すると、夫がこんなことをいったそうです。

「いやあ、ひとりで暮らしてみて、キミの大変さがわかったよ。大変だったんだね。……。あ、ありがとう」

私にこのエピソードを話してくれた彼女は、こう結びました。

「ずーっと胸に刺さったままだった棘が抜けた気分です」

「別住」には、夫婦が一緒に暮らしていては経験できないさまざまな「気づき」があります。それは、夫婦間の愛情の変化、そして新しい愛のカタチを知るきっかけになるのではないでしょうか。

「別住」という選択は「灰汁とり」の効果ばかりか「棘抜き」をもたらすこともあるのです。

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