夫と娘の仲を疑う60代女性
60代の加藤芳江さん(仮名)が精神科に入院したとき、彼女は「夫が娘とできているので、家に帰りたくない」と主張した。加藤さんは東京生まれの東京育ち、実家は洋服店を営んでいた。きょうだい7人中第2子長女で、真面日な子供だった。
学校時代の勉強は苦手で、全体に成績は悪かった。父親の「女はあまり勉強しなくていい」という一言もあり、中学卒業後は、定時制高校に通いながら、和裁、洋裁を習った。その後は、1年半ほど靴下製造会社で靴下にゴムを入れる仕事をしていたが、家業を手伝うために辞めている。
母の死後は、実家の家事はすべて彼女が行っていた。25歳、父の知り合いだった製材業をしていた夫と見合い結婚をし、2子をもうけた。26歳で進行性の眼疾患の診断を受け、以後次第に視野狭窄が進行している。現在、視力は失われていないが、点字と白杖を使用している。
次女の首を絞め無理心中を図る
加藤さんに精神変調がみられたのは、30代の半ばのことである。長女と添い寝をしていた夫に対して「何をしているのか?」と尋ねて逆に怒鳴られてから、夫と長女の仲を怪しむようになった。38歳、急に精神的に不安定な状態となり、「一緒に死んでくれ」と次女の首を絞めようとしたがかなわず、縊首を図るが失敗する。このころには幻聴が出現し、「日露戦争で兵隊さんがお互いに話し合っていたり、自分もその会話に加わった」という。このため精神科を初めて受診し、投薬を受けた。
40代の半ばには、希死念慮が急に強くなり、無理心中を企てて子供にサンポールを飲ませようとして拒否されたため、自らサンポールを飲んである救急病院に入院となっている。その後回復し精神的に安定した時期には、写経や読経を熱心に行うようになったが、「霊にとりつかれて」興奮状態となったことがたびたびあった。
55歳ごろより、「長女と夫ができている」とひんぱんに口にするようになった。この妄想は、長女が家を出てからも、変化なく持続していた。58歳時、障害年金を受給していることを気に病むようになり、自分は不正にお金を受け取っていると信じ込んで不安定となり、大量服薬をして自殺をはかった。