宮永前社長が漏らした「三菱の弱点」
ハード面ではなくソフト面での力不足、時代に合わなくなっていたモノづくり――。
三菱重工は2016年にも、その問題に直面し、欧米向け大型客船事業からの撤退を表明している。
その10年ほど前に、英国に大型客船を納入した経験があったが、当時とは求められる内容が、大きく変化していたという。
例えば、客室すべてがWi-Fiに快適につながること、セキュリティーシステム、客室のデザイン、壁の塗装、床のタイル張り、ビール醸造装置など、船というよりも高級ホテルを造るような仕事が求められた。
欧米の富裕層に快適な旅を楽しんでもらうことを目指す発注側からすれば当然の要求だが、どれも造船の設計部門では持ち合わせていない技術や知識だった。
技術や知識を持つところへ外注すれば良かったが、自分たちで解決しようとしたことが、混乱や遅れ、巨額の赤字を生んだ。
当時の三菱重工の宮永俊一社長は、撤退時に、自社の弱点をこう語った。
「時代とともに客のニーズが変化していることを理解できなかった」
「同じ価値観を持つ同質の人々が集まって開発している」
「組織の統制がよくとれていて、上の人が言うことはきちっと聞くが、自分からこれが問題とは言わない」
ソフト面が弱く、旧態依然のまま上位下達で進める――。技術至上主義を掲げ、利用者のことまであまり考えようとしない日本のモノづくりの、長年指摘されている典型的な弱点だ。
この厳しさを経産省や政治家はどこまで認識していたか
日の丸ジェット旅客機の事業が始まって以来、専門家から何度もこんなことを聞いた。
「オールジャパンでやると最初は言っていたのに、そうなっていない」
「一企業の事業だからと放っておかないで、国はもっと支援すべきではないか」
「型式証明の難しさはよく知られている。航空行政を所管する国土交通省も、もっと協力すべきだ」
官需が多かった三菱重工のビジネス感覚も甘かっただろうし、自らの技術力への過信もあっただろう。
だが、50年ぶりに旅客機を開発し、世界の競合相手に戦いを挑む。そのハードルの高さや厳しさを、経産省や政治家はどこまで認識した上でこのプロジェクトを推し進めたのだろうか。
経産省はこれまで数多くのプロジェクトを手掛けてきたが、うまくいかなった例も目立つ。
1980年代から90年代に、官民の人材を集めた「第五世代コンピューター」の大型国家プロジェクトに約540億円を投じた。AI(人工知能)などの実現を目指し、日本のコンピューター産業を育成するのが目的だった。だが、実用的な利用につながらずに終わった。
それ以後も日本のICT産業は欧米の後塵を拝し続けている。