「渋滞に我慢できないから、地下トンネルを掘る」
2016年12月のある晩、イーロン・マスク氏は苛立っていた。ロサンゼルス名物の渋滞は今日も絶好調で、レーンはいっこうに進まない。
数年後に自ら最高経営責任者(CEO)を務めることになるTwitterを開くと、憂さ晴らしを込めてこうつぶやいた。
「渋滞に我慢ならない。トンネル掘削機でも造って、掘り進めるとするか……」
地下に迂回路を設ければきっと渋滞知らずだという、彼一流の風変わりな夢想だった。だが、3時間後、マスク氏はこう加えた。
「本当にやる」
マスク氏の興したトンネル掘削企業「ザ・ボーリング・カンパニー」のはじまりだ。当初SpaceXの子会社として発足し、その後独立した企業へと移行した。だじゃれ好きのマスク氏らしく、名は「掘削企業」と「たいくつな(boring)会社」を掛けている。
Traffic is driving me nuts. Am going to build a tunnel boring machine and just start digging...
— Elon Musk (@elonmusk) December 17, 2016
自らの着想に魅せられたマスク氏は、続く数年間でアメリカ各地の自治体に掛け合い、あちこちでトンネルによる新交通手段の敷設を打診する。
ロサンゼルスやワシントンD.C.をはじめとする全米の大都市に対し、都市間を結ぶ高速輸送網や都市内全域をつなぐ地下トンネルを設けるべきだと説いて回り、州政府など関係母体を巻き込んだ計画を進めた。
だが、現在ボーリング社のウェブサイトからは、ラスベガスで進行中の一部計画を除き、こうしたプロジェクトはすべて削除されている。ツイートから6年後のいま、供用開始に至ったのは、ラスベガス・コンベンションセンター(LVCC)の展示場敷地内を結ぶわずか2.7キロの「LVCCループ」1例のみだ。
真空チューブで音速移動…大胆だった当初のハイパーループ構想
マスク氏による構想は当初、大胆なものだった。地下に張り巡らせた真空チューブのなかを、音速に近い時速1100キロ超のスピードで輸送しようというのだ。
地下トンネル内を減圧して真空に近いチューブとし、利用者を乗せた浮上式カプセルが内部を走行する。空気抵抗や地面との摩擦によるロスがなく、これまで飛行機で飛んでいたような大都市間の距離を短時間で移動できるとの触れ込みだった。「ハイパーループ」と呼ばれる新交通網だ。