そして、筆記具として実用可能なメタモインキ、フリクションインキが完成したのが05年のことである。この画期的発明に同社のヨーロッパ代表が飛びつき、最初の販売が翌年、フランスで実現した。

ヨーロッパ代表がいち早く飛びついたのにはわけがある。フランスでは、小学生が通常の授業で万年筆を使っていたからだ。無論、筆記には書き損じがつきもので、その都度、インキキラーという化学的消去液で消さねばならなかった。だがこの薬液を使うと、修正個所にこの液体が残存するので、同じペンで書くと消えてしまう。これを避けるためには、別のペンを使わねばならないのだ。そうすると、元のペン、インキキラー、さらにインキキラーで消えない別のペンの3種類を常備しなければならない。

ところがフリクションボールの場合は、ペン尾につけられたラバーの摩擦熱でインキが消え、同じペンで即書き直しが可能なので、オールインワンで済んでしまう。千賀氏はこの商品のヒットの理由を「切れ味のある消え方、消しカスが出ない」に加え、「一本で何度でも書き消しができる」といった点を挙げた。

とはいえ、フランスのように小学生から万年筆やボールペンを使う習慣がある国ならいざ知らず、日本のように通常、鉛筆、シャープペン、消しゴムを使う国では、事情が異なるのではと思ってしまう。とりわけビジネスではインキというものは消えない点に本来の価値があるように思えてしまう。それにもかかわらず日本でも大ヒットとなった理由は一体何なのだろうか。千賀氏はこう語る。「考えながら書く作業をする方に非常によく使っていただいたからです」。

例えば出版物の校正、設計図の作成、楽譜への書き込み等を仕事とする人たちに重宝されたというのだ。さらに興味深い例は、漫画家の使用方法だ。通常、漫画は下書きを鉛筆で書いてその上にペン入れを行い、最後に消しゴムをかけて絵を完成させる。これをまず薄い色のフリクションボールで下書きをして、その上からペン入れを行い、最後にドライヤーの熱で下書きのフリクションインキを消し飛ばしてしまう。こうすればいわゆる「消しゴムがけ」という作業を省略することができる。もちろん消しカスも一切出ない。

フリクションボールは、以上の例のように当初は特殊な職業の人が専門的な使い方をするための道具だった。ところが今日では、販売実績が明瞭に示しているように、一般の人々に幅広く購買されている。なぜこのように裾野が広がったのだろうか。