単なる面白グッズで終わらないために

この問いに対し、古謝氏は「デジタル化の流れとの相性がよかったからです」と指摘する。実はこの商品は、オフィス環境に非常に優しいのだ。例えば、会議で配られた書類へ書き込みができ、そのコピーをとる際には書き込みを綺麗に消去することができる。

そして、何といっても優れモノなのは、文書やイメージを作成する際に、自分の思考をまとめ上げる過程で、自由に書いたり消したりできるという点だ。パソコン・ワープロでの作成は、人に開陳する最終的な完成形を作るという意味で非常に重要なのだが、それを作成する事前プロセスでは、アナログ的な筆記具が必要である。

その意味でこの筆記具は、デジタルとは代替関係にあるのではなく、機能の違いに基づいて使い分けすべき補完関係にある商品といえるのだ。まさにオフィスに不可欠の筆記具なのである。それゆえ、ターゲットに関しても、「オフィス」を強く意識している。

通常、筆記用具業界では、女子中高生に受けるとヒットするというセオリーがあった。この世代は文房具に関してものすごく感度の高い世代で、筆入れの中に多数の筆記具を所持している子が多い。それゆえ、この世代に好まれることは非常に重要なことだった。

しかし同世代を意識して01年に発売した「消せるボールペン」は当初、大ヒットしながらも、その後急激に失速するという辛酸を舐めている。フリクションボールの場合も、「摩擦熱でインキが消え、冷やすと復活する」と訴えると若者向けの単なる面白グッズで終わってしまう恐れがあった。そこで、低温による発色復活現象は一切「ウリ」にせず、逆に「注意事項」としてアピールし、実用的な筆記具として、大人向けに真面目なアプローチを試みたのだ。

同社は、いかにも大人向け、オフィス向けというターゲット設定を感じさせるマーケティング意思決定を随所で行っている。例えばそれは価格面に表れている。通常、ボールペンの価格は1本100円というのが定番だ。これ以上の水準になると、需要量が激減するからだ。ところが、フリクションボールの場合、1本210円とかなり強気のハイプライスをつけている。これは、この商品が綺麗に消せるという優れた技術に裏打ちされた独自の付加価値を実現したものだからだ。この価格は、その価値を理解してくれた人に購入してもらいたいという強い意志の表れなのだ。

また、マーケティングコミュニケーション活動も、大人向けだ。同社では、日本での発売の半年後からハードなニュース番組であるテレビ朝日「報道ステーション」でCMを流している。最初のバージョンは、この商品の特性である「消せること」をアピールしたものだった。だが、その後には「会社編」というバージョンを作り、オフィスでフリクションボールがどのように活用できるのかを説く便益訴求型のクリエイティブCMを流している。

同社の優秀性は、どんな困難な課題に直面したとしても、必ずクリアできると信じるところにある。できないわけはなく、何か必ず手があるはずだと常に考えるのだ。フリクションボールという大ヒット商品誕生の背景には、このように不可能は必ず可能にできるという不屈の精神と、たゆまぬ技術開発およびこだわりのマーケティングへの専心があったのである。

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