「水交換」の手間を技術で強みに変える
メタリック光沢を放つキューブ型の赤いボディ。従来の丸みを帯びた炊飯器とは、一線を画するデザインである。家電量販店の炊飯器売り場でも、ひときわ存在感を示していた。
「常識を覆す」。そんな思いから開発された「蒸気レスIH」は、2009年2月の発売以来、5万円以上の高級炊飯器部門で販売台数9カ月連続1位、グッドデザイン賞を受賞した。
「炊飯器らしくないデザインにこだわりました。これならテレビやステレオの横に置いてあっても違和感がないでしょう」
調理家電営業課の赤石都良は、製造販売に携わった「蒸気レスIH」の平らな上面をそっとなでた。炊飯器らしくないのは、デザインだけではない。売りは、何といっても蒸気を出さない世界初のシステムだ。
「今後は蒸気が出ない炊飯器がスタンダードになるはず」と赤石は語るが、開発チームから提案があった4年前、「事業化は難しいと思った」と振り返る。
かねてから蒸気に対する不満の声はあった。子どもがやけどした。棚の天板が濡れる。匂いが不快……。けれど、商品にできなかった。蒸気を冷やして水に戻す。理論的には可能なのだが、水を回収するタンクが必要になる。炊飯器が大きくなりすぎるからだ。
「使用後、毎回、タンクを掃除して水を交換しなければならないんです。弱点だと感じました。しかも、炊飯器から蒸気が出るのは、お客様にとって当たり前。常識ですよね。蒸気レスが、弱点を補えるほどのメリットだとは思えなかった」
三菱電機には炭から削り出した内釜を使って、高級炊飯器というジャンルを生んだ人気商品「本炭釜(ほんすみがま)」がある。売り上げ好調の商品があるのにあえて冒険する必要はあるのか。
そんな赤石たちが事業化に踏み切るきっかけとなったのが、「顧客の声」だった。