世界的な不動産が直面した「4階」問題
2014年に、100以上のショッピングセンターと数百億ドル相当の運用資産をもつ、ある世界的な不動産会社が、小さいながらも深刻な問題に直面した。主要都市にある高級モールの4階で、しばらくのあいだ賃貸料が急落していたのだ。
大勢のオフィス労働者が買い物や食事をしにこの新しいモールに訪れるのを見込んで、会社は出費を惜しまなかった。とりわけ、モザイク張りで天井がドーム状のこの4階は最高傑作といえた。エレベーターに乗って上がってくれば、街全体を見渡すことができたのだから。
しかし残念なことに、4階まで上がってくる人はごく少数だった。4階はゴーストタウンのようで、この階に入っていたテナントは、苦労したあげくに次々と出ていった。会社が何を試みようと、4階に十分な客足をもたらしてそれらの店舗を存続させることはできなかった。この問題に取り組むために、経営陣はブレインストーミング・セッションを設けた。
セッションが始まって約10分が経ったところで、その後の議論をすべて誘導することになる強烈なアンカー(最初に提示された影響力のある情報)を誰かが提案した。
事業にとって重要なのは、有用性の問題
「ビアガーデンをつくろう」
なんてすばらしいアイデアだ! 冷えたラガービールほど、美しい眺めにふさわしいものがほかにあるだろうか? 長い一日の仕事を終えた地元の会社員が、ギリシャの神々がオリンポスの山頂でアンブロシア(訳注/ギリシャ神話における神々の飲食物)を口にするように、街並みを見下ろしながらオーガニックの地ビールを味わえるのだ。
ブレインストーミングは続いたが、ビアガーデンというアンカーの引力は、抗しがたいものだった。それからあとに出てきた提案にはすべて、その影響が見てとれた。
「ビアガーデンのことはいったん忘れよう。……ワインガーデンはどうだろう?」
ビアガーデンの思いつきが会議室ではいくら魅力的に思えても、「有用性」を確認しないことには、会社は失敗するかもしれない試みにこれ以上お金をつぎこむ気はなかった。そもそも買い物客たちは、モールの4階でビールを飲みたいと思うのだろうか? ビアガーデンは、お客をエレベーターに乗ろうという気にさせるだろうか? そして、さらに重要なことだが、4階にいるあいだに、何か買い物をするだろうか?
事業にとって、有用性の問題は実現可能性よりも重要だ。望む人が誰もいなかったら、製品やサービスを提供できたところで意味がない。だが、まだ存在していないものの有用性を確かめるには、どうすればいいのだろうか?