忘れられたセルビア人の被害者
ボスニア紛争では、軍事力で優位に立ち、大規模な虐殺を行ったセルビア人が「加害者」、ボシュニャク人らが「被害者」と受け止められがちだ。だがボシュニャク人だけでなく、セルビア人、クロアチア人の女性もそれぞれ、敵対した民族からの性暴力を受けた。
それにもかかわらず、国際社会から関心を持たれることは少ない。
「我々は何重にも『見えない存在』となっていたのです」
セルビア人が多数住む「スルプスカ共和国」最大の都市、バニャルカ。小学校で図書館司書をしているボジツァ・ライリックさん(50)は、険しい表情を見せた。彼女はセルビア人の性暴力被害者で、スルプスカで初めて、被害者支援団体を立ち上げた女性だ。
「欧米のジャーナリストはほとんど私のところに来ない。あなたは日本に真実を伝えてほしい」。ボジツァさんは強い口調で訴えた。
ボジツァさんは紛争前、ボシュニャク人が75%を占める北東部スレブレニクで小学校教師をしていた。紛争が始まると、ボシュニャク人はセルビア人の市民を「何の理由もなく」拘束した。収容所では殴る蹴るの暴行や、性暴力を受けた。
「『お前の兄(セルビア人兵士)はもう死んだ。お前は一人ぼっちだ』と言われ、絶望的な気持ちになった」。収容所を出られたのは約1年後だった。
紛争が終わっても、セルビア人の性暴力被害者が救済されることはなかった。一方、隣のボスニア連邦では、アメラさんらの活躍で2006年、性暴力被害者への補償制度が創設された。「同じ国なのに、なぜスルプスカでは制度ができないのか」。ボジツァさんが立ち上がったのは、2012年だ。
同じ性暴力の被害者団体でも連携はできない
ボジツァさんによると、当初、団体に集まった被害女性は36人。今では650人に増えた。ボジツァさんは行政に対し、補償制度の創設を何度も訴えた。ボスニア連邦より経済的に苦しいスルプスカ当局は色よい返事をしなかったが、2018年、ついに決断した。
被害者に、毎月の補償金を支払うことにしたのだ。
ボスニア連邦のアメラさん、そしてスルプスカのボジツァさんは同じ性暴力被害者だ。彼女たちは連携しているのだろうか。
「(アメラさんらの)活動は尊敬している。スルプスカの法律はボスニア連邦を参考にしているからだ。でも一緒に働くことはできない。彼女たちは嘘をついている」。ボジツァさんはそう強調する。
ボジツァさんの説明はこうだ。ボスニア側は、性暴力被害者を2万5000人としているが、実際はもっと少ないはずだ。彼女たちは、イスラム教徒が多いトルコや中東諸国から支援を受けており、「紛争の被害者はイスラム教徒だ」と訴えるため、数字を誇張している、という。だが、ボジツァさんから、数字を嘘だと断じる根拠は示されなかった。