このホテルの名物である温泉プールにも入ってみた。子供から高齢の夫婦まで、約30人が思い思いにリラックスしていた。彼らは、ここで惨劇が起きたことなど知るよしもないのだろう。

プールの深さは約1.5メートルぐらいだろうか。ここに連れ込まれたら逃げるのは困難だったに違いない。当時の光景と目の前でプールを楽しむ人々のギャップが大きすぎて、私は吐き気を催した。

その日の夜はなかなか寝付けなかった。眠りも浅く、何者かに何度も襲われる夢を見た。

「性暴力や戦争犯罪に使われたなんて、聞いたことがない」

翌日、街に出て、人々にビリナ・ブラスについて聞いてみることにした。街のシンボルである世界遺産ソコルル・メフメト・パシャ橋の付近を歩いていると、ヤコフ・ニキトビッチさん(24)が「遊覧船に乗らないか」と声をかけてきた。

ヤコフさんにビリナ・ブラスのことを聞いてみたが、「戦後の生まれだから、戦争の記憶はない」と話し、「ビリナ・ブラスが性暴力や戦争犯罪に使われたなんて、聞いたことがない」と、首をすくめた。

三木幸治『迷える東欧 ウクライナの民が向かった国々』(毎日新聞出版)
三木幸治『迷える東欧 ウクライナの民が向かった国々』(毎日新聞出版)

ヤコフさんの誘いに乗り、観光客用の遊覧船に乗った。街を流れるドリナ川を北上すると、両岸に民家が見える。アメラさんの実家は川沿いにあったという。視界にある家のどこかで、アメラさんの人生を変えた惨劇が繰り広げられたのだろうか。

ガイドのネナド・シミッチさん(35)は橋の美しさやこの町出身のノーベル文学賞作家、イヴォ・アンドリッチの説明などをしてくれた。欧米から来た観光客数人は無邪気に記念撮影をしていた。ネナドさんはツアー中、一切紛争の話をしなかった。

ツアー終了後、ネナドさんにもビリナ・ブラスについて聞いてみた。ネナドさんは、「私はビリナ・ブラスの近くに住んでいるが、あそこは紛争中、傷ついた兵士を治療する救急病院として使用されていたはずだ」と主張した。そして、性暴力については「偽造された情報だ。あなたは嘘を信じ込まされている」と一蹴した。

過去はこうして塗り替えられていく…

遊覧船を下り、橋のたもとで日光浴をしていたライカ・ユバノビッチさん(79)にも話を聞いた。ライカさんはセルビア人だが、紛争中、ボシュニャク人が多数派だったサラエボを離れ、ビシェグラードに避難したという。

「戦争犯罪については聞いたことがない。この町では何も問題がなかった」と何度も繰り返した。

国際的な定説とは異なる「事実」が流布するこの町で、ボシュニャク人とセルビア人が和解する姿を想像するのは、極めて難しい。筆者はビシェグラード市にビリナ・ブラスでの性暴力について見解を求めたが、回答はなかった。

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