成人の睡眠不足は万病のもと

脳に睡眠が必要な理由を順に見ていきましょう。

眠っている状態は、見た目も感覚も、疲れきってちゃんと働けなくなり、休まざるを得なくなった状態にとてもよく似ています。眠ると人間はほとんど動かず、顔の力も抜けて、なにも考えていないように見えます。まわりの状況を感知する聴覚、触覚、視覚などの能力も低下します。ところが、体と脳は決して休んでいるわけではありません。

まだわたしたちが眠る理由を正確に説明できる人はいませんが、いくつかの生命機能が睡眠中に調整されることは明らかです。アメリカ医学研究所は、成人が睡眠不足になると、高血圧や糖尿病、肥満、うつ病、心臓発作、脳卒中のリスクが増えること、シカゴ大学は、健康な若い男性でも、11日間睡眠が減っただけで糖尿病前症が見られたり、ヒト成長ホルモンの分泌レベルが低下することを証明しました。

脳がもっとも効率よく働くのも、睡眠中であることがわかっています。睡眠不足の脳は書類が山積みの散らかった机のようで、今にも崩れそうな状態です。これでは一番大事な情報がどこにあるのかなかなか思いだせないだけでなく、情報が見つかってもタイミングよく活用できません。

脳は寝ているときに、起きているあいだの出来事をコード化し、整理して定着させます。よく眠った翌朝、頭がさえてすっきりするのはこのためです。1日分の情報が正しい場所に分類され、効率的に検索したり、利用できるようになるのです。

学習に必要なのは刺激だけではない

さらに踏み込んで、睡眠と学習の関係について見てみましょう。

2002年、ハーバード大学の研究者、ロバート・スティックゴールドとマシュー・ウォーカーは、右利きの学生に左手でキーボードを使って複雑な数字を入力してもらい、入力時間を計るという実験を行いました。

まずは、入力の練習を行うことが、入力時間にどう影響するのかを調ベたところ、練習をしたあとの入力速度は、練習を行わない場合より、約60%も速くなることがわかりました。

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そこで、練習を重ねるとスピードはどんどんあがっていくのか、同じ日に時間をおいて測定してみたところ、速度はまったくあがらないという結果になりました。

しかし、いったん家に帰ってぐっすり眠り、翌朝また測定すると、入力速度はさらに20%もあがっていたのです。再び測定を行うまで、まったく練習をしていなかったというのに。

この研究から、学習には刺激だけでなく、刺激を受けたあとに睡眠をとることも大切であることがわかりました。

そしてウォーカー博士は赤ちゃんが毎日たくさん眠る理由も明らかにしています。

「赤ちゃんは毎日集中的に新しいことを学習しているので、脳はその分たくさん睡眠が必要なのでしょう」と語っています。