長期安定雇用の副作用とも言える現象

しかし、中学のころの北野武監督の作品との出会いに始まり、そのあと大島渚やATG(日本アート・シアター・ギルド)、フランスのヌーヴェル・ヴァーグから、イランのアッバス・キアロスタミの作品、そしてハリウッド大作まで徐々に幅広く観るようになっていきました。映画で使われている音楽やサウンドトラックから聴く音楽の範囲も広がりました。

私的な経験ですが、このように興味関心というのは徐々に「変遷」していくものですし、ゴジラ映画しか観ていなかったころの筆者の「興味の範囲」と、今の筆者の「興味の範囲」は全く異なります(そもそも学生時代、筆者にとって人事管理や労働研究は全く関心の埒外にありました)。

しかし、ゴジラ映画を観ていた子供が、いきなりイランの監督の作品を観るようになることはありません。興味とは、「一足飛びに」移るものではなく、徐々に変化していくものです。

しかし、パーソル総合研究所の調査では、終身雇用傾向が強く、安定した雇用の企業で勤めている人は、この「興味の柔軟性」が低いという傾向があることがわかりました。

解雇の心配がない人ほど、「自分はこういうものだ」という好奇心の限界を設定してしまうことが示唆されます。これは、日本企業の特徴でもある長期安定雇用の副作用とも言える現象です。

簡単に、その他の発見事項もお伝えすれば、社内公募や社内FA制度など、社内のジョブ・マッチング施策が充実し、個人の意思が反映されやすい異動・転勤が多い場合、従業員の変化適応力が高いことがわかりました。

また、上司、キャリアアドバイザー、仕事関連の友人・知人とのキャリア相談経験が変化適応力と正の関係にありました。

*1 コンジョイント分析とは、主にマーケティング分野において商品やサービスの持つ複数の要素のどれが重要なのかを分析する、実験計画法と呼ばれる手法の一つ。例えば、ある人が自動車を購入する場合、色、価格、エンジン、乗車定員、メーカーなど多くの要素を総合して購入を決定する。それらの複数要素の無数にある組み合わせをすべて評価しなくても、要素を組み合わせたいくつかのカードを評価させることで項目別の影響度(効用値)を算出することができる。
*2 不安定感が増した経済状況下で、こうした変化へ対応・適応することの重要性を説いた論考も散見されるようになってきている。例えば、佐藤・松浦(2019)は「知的好奇心」「学習習慣」「チャレンジ力」の三つの特性を持つ行動として「変化対応力」を定義し、多様性や変化に富んだ職場経験、多様な人々との交流がそうした行動を促していることを明らかにしている。中馬(2015)、久米(2017)らは、環境を認識しながら自ら変化し、自らを変化させる心構えを「自己変化能」と呼び、そうした心構えを持つ人は、新しいテクノロジーの受容性が高いことを示している。
佐藤博樹、松浦民恵、2019「『変化対応行動』 と仕事・仕事以外の自己管理―ライフキャリアのマネジメント―」 キャリアデザイン研究、2019, 15: 31-44.
久米功一・中馬宏之・林晋・戸田淳仁、2017「人工知能等の新しいテクノロジーを活かす能力とは何か 自己変化能と情報提供・働き方の変化に対する態度に関するアンケート分析」 経済産業研究所、RIETI Discussion Paper Series17-J-053.
中馬宏之、2015「ICT/AI革命下でのベッカー流人的資本理論の再考――自己変化能という視点から」『日本労働研究雑誌』No.663、68―78頁。
※3 フレッド・ルーサンス、キャロライン・ユセフ=モーガン、ブルース・アボリオ、関本浩矢ほか訳、2020『こころの資本 : 心理的資本とその展開』中央経済社。
※4 厚生労働省 令和元年版「労働経済の分析 人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について」
※5 Albert Bandura and Edwin A. Locke. "Negative Self-Efficacy and Goal Effects Revisited." Journal of AppliedPsychology 88(1) (2003): 87-99.
Alexander D. Stajkovic and Fred Luthans. "Self-Efficacy and Work-Related Performance: A Meta-Analysis."Psychological Bulletin 124.2 (1998): 240-261.
※6 本書と同様に、バンデューラの自己効力感を参照しながら変化対応力を広く論じたものに本明・野口(2000)がある。
本明寛、野口京子、2000『「変化対応力」入門―成果主義時代の必須能力』ダイヤモンド社。
※7 一方で、こうした「資本」という経済学的な概念を流用する概念に対しては批判も存在する。例えば、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者ロバート・ソローは、「社会関係資本」の概念に対して、物質的な投資ないし意識的な計算を不可欠としない、リターンを計測できない、人から人への譲渡ができないといった点から、資本というよりも行動パターンと呼ぶほうがよい、と指摘している。こうした指摘は心理的資本にも当てはまる。しかし、筆者は、それでもこの心理的資本という概念には、一時的・直情的なものとみなされやすい心理的状態を、中長期的に操作可能にするという点において十分に意味があると考える。
※8 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」
※9 Robert M. Solow. "Notes on Social Capital and Economic Performance." Social Capital: A Multifaceted Perspective 6.10 (1999).
三隅一人、2013『社会関係資本: 理論統合の挑戦(叢書・現代社会学)』ミネルヴァ書房。
※10 中原淳・小林祐児・パーソル総合研究所、2021『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』KADOKAWA。

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