「垂直→水平→逆転した垂直」アジアのアニメ国際分業の変化
ところが、アジア地域が創造産業の供給面に係る資金や才能の送り出し手としてのプレゼンスを増大させつつある中で、この分業関係に近年大きな変化が生じているように見えます。
すなわち、「垂直」的な分業関係から、より「水平」的な分業関係への変化が起きつつあります。日本側のアニメ作品づくりの一部をアジア側が下請けするという関係から、日本側とアジア側が対等なパートナーとしてアニメに関するプロジェクトを共同で推進する関係へ変化しているということです。私のフィールドワークは、まさにこの「水平」分業のケースを扱っていると言うことができます。
例えば、国際共同製作されたアニメ作品の中には、日本語版と中国語版の両方を作り、日中両国の声優が音声を当てて日中同時放映(配信)したり、オープニングソングをアジアのアーティストが日本語で歌って、エンディングソングを日本のアーティストがアジアの言葉で歌ったりといった野心的な試みがなされているものがあります。これはまさに日本側とアジア側のプレイヤーが対等な立場で共同して作品づくりに携わる「水平」分業の例として理解することができるでしょう。
ただ、事態はこれにとどまらないように思えます。近年のさらなる動きとして垣間見えているのは、「垂直」分業から「水平」分業へという推移がさらに進んで、今度は逆に日本側がアジア側の下請けとなるという逆転した形の「垂直」分業に行き着きつつある未来です。
この「逆」垂直分業化の兆しは、フィールドワークの過程で既に散発的に見聞きしています。例えば、「日中国際共同製作」と銘打ちながらも、実際の主導権は中国側にあって、中国の企画を、中国のお金で、日本のアニメスタジオに作らせるようなプロジェクトが散見されます。
「日本と組む理由は競争を有利にする『箔付け』に過ぎない」
取材をさせていただいたあるプロデューサーによると、中国側が日本側と組む理由は、中国本土のマーケットにおける競合作品との競争を有利にする「箔付け」のために過ぎない、といいます。日本アニメのブランドは世界的に知れ渡っているので、日本側のプレイヤーに映像を作らせること自体、中国本土における作品の差別化に利用することができるというのです。ここではもはや日本とアジアの立場は逆転してしまっているように見えます。
1960年代から2000年代にかけての「垂直」分業の時代には、日本側が、日本国内で展開するアニメ作品の一部の工程をアジアに下請けに出していたのが、現在では、中国側が、中国国内で展開するアニメ作品の一部の工程を日本に下請けに出すようになっており、その意味で、同じ「垂直」分業でも、過去と現在ではその立場が「逆転」してしまっているのではないでしょうか。
この背景には、先ほど少し触れたたアジア地域の政治経済的な台頭がありそうです。例えば、創造産業に係る資金や才能、消費者マーケットが中国国内で十分に分厚くなってくれば、中国のプレイヤーがわざわざ(単純計算で中国の10分の1程度しかない)日本市場に参入するインセンティブは小さくなるでしょうし、強いて関わるのであれば「日本アニメ」の国際的ブランドを拝借するくらいがせいぜい、というのも合理的と言えます。