歴史の視点なき中国観は「もったいない」
【安田】あまり知られていませんが、日本における東洋学(中国学)の知の蓄積は膨大です。現在、一般の日本人が中国を眺める知見に、過去の蓄積がほとんど反映されていないように見えるのは「もったいない」と感じます。
【岡本】その通りです。まずは教育体系の問題で、何でも欧米系を優先する価値観とも関連しています。そのあたり日本人は明治・戦前の価値観から全然かわっていません。
東洋学や中国学の研究水準についても、少なくともゼロ年代はじめまでは世界のトップクラスで、中国本土よりもずっと水準が高かった。近年は人文学全体の衰退の煽りを受けて、スケールの縮小や衰退が著しく、心が痛いのですが……。それでも学問水準は何とか保っているとの自負はありますが。
【安田】陰謀論はもちろん「中国人は中華思想だから~」みたいな通俗的な中国論も、現実の中国を理解するうえでは問題が大きいと思います。中国理解というのは、ある意味で陸上や筋トレと似た部分があって、間違ったフォームを先に覚えると、ゼロから覚えるよりも矯正に時間がかかります。理論的裏付けのある正しいフォームが先に知られていたほうが、本当は望ましいのですよね。
【岡本】ええ。一知半解で「中華思想」とか「一党独裁」とか、それこそ「○○の陰謀」などといいたてるのが、最も始末に悪い。たとえば、習近平政権がウイグルや香港を取り込む際のキーワードである「中華民族」の概念、台湾や南シナ海問題に対するまなざし、東南アジア諸国・朝鮮半島への尊大な態度と強硬な施策、かつて中国を分割しようとした西洋諸国への強い不信感……、といった現代中国の各トピックは、歴史や文化の理解を持っていなくては本来は絶対に理解できないように思います。
習近平らは中国を「自分たちの所有物」と考えている
【岡本】中国が専制的な体制をしき、儒教なり共産主義なりを国家の正当/正統なイデオロギーに据え、科挙(※)なり入党試験なりでイデオロギーの知識を確認するという統治体制を取っていることも、過去の歴史を踏まえたうえでこそ見えてくることでしょう。
※科挙:6世紀末の隋代から清末の1905年まで中国でおこなわれた高等官資格試験。世襲を排して公平な実力試験による人材選抜をおこなう目的があり、古典の教養が試験された。朝鮮・ベトナムなどでもおこなわれている。
【安田】中国共産党の仕組みも同様だと思います。たとえば、習近平は「紅二代」グループの出身。この紅二代たちは建国の元勲たちの子弟で、中華人民共和国をなかば自分たちの潜在的な所有物だと考えているといいます。