ドイツの友好国が米国から中国に変わりつつある。ルポライターの安田峰俊さんは「ドイツと中国は80年代から自動車産業を通じて友好関係を築くなど、経済的な結びつきが強い。『ナチスを想起させる』中国の強硬策の矛先はやがて台湾に向かう。だが、ドイツはそんな中国の拡大を、危機のギリギリまで『強く抗議しない』可能性もある」という――。
※本稿は、安田峰俊『中国vs.世界 呑まれる国、抗う国』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
ここ10年で急増したドイツでの中国人観光客
【安田峰俊(ルポライター)】まず、一般的なドイツ人の中国観について聞かせて下さい。
【マライ・メントライン(翻訳家、エッセイスト)】基本的に、中国についてほとんど知らないですね。「遠いアジアの国」というイメージで、各人の教養のレベルにもよりますが、日本と中国の区別がついていない人も少なからずいるくらい。
それが10年ほど前からの観光客の急増で、大都市圏や観光地を中心にリアルな中国人との接点が生まれました。バスで移動する大量のツアー客で、いつもガヤガヤとおしゃべりしていて、ものすごくいいカメラを持っていると(笑)。
【安田】なるほど。いっぽう、西ドイツははやくも1984年にフォルクスワーゲン(VW)が中国に進出するなど、早期から中国市場に乗り込んでいました。一般人の知識の薄さとは裏腹に、経済関係には熱心な印象です。
【マライ】ですね。ちなみにVWは、中国ローカルの上海汽車と合弁企業「上海大衆」をつくっているのですが、同社の設立記念式典には当時のコール首相が訪中して参加しています。
ドイツは自動車産業の国ですから、政府は自動車のためならすごく活発に動くわけです。その後、コール首相は天安門事件後の1993年にも訪中していますが、このときもベンツや(自動車ではなく電車ですが)シーメンスなどの大企業を引き連れての大規模な訪中団が組まれました。