どんな専門家でも現代中国への言及は避けられない時代

【安田】かくいう岡本先生ご自身も、ジャーナリスティックな意見を積極的に発信される、近年では「珍しい」研究者です。もっとも本来、京都学派系の東洋史研究者は、内藤湖南はもちろん、その弟子で東洋史学の泰斗だった宮崎市定(※)も積極的に時事問題を語っていました。宮崎の場合、同時代の中ソ対立や文化大革命の本質すら見事に言い当てています。岡本先生のスタンスも、こうした先達の影響を受けたものでしょうか。

※宮崎市定:(1901~1995)東洋史学者。京都大学名誉教授。内藤湖南・桑原隲蔵以来の京大東洋史学の学風を発展させた平易な文体の一般書も数多く執筆しており、一般の読書人からの人気も高かった。主な著書に『科挙』『アジア史概説』『東洋的近世』『雍正帝』など多数。

京都府立大学の岡本隆司教授(撮影=中央公論新社写真部)
京都府立大学の岡本隆司教授(撮影=中央公論新社写真部)

【岡本】内藤・宮崎のような碩学せきがくの系譜に比すなど烏滸おこの沙汰です。しかし、もちろん先達の文章に親しんできた身ですので、それなりの「影響」はあると思います。ただし「スタンス」としては、宮崎先生の時代とは異なり、どんな専門であれ、研究者が現代中国に言及しないで済む時代ではなくなってきたことも大きいです。

しかも近年の日本では、改革の呼号のなかで、人文系の学問がリストラの対象にされがちです。そもそも東洋史を勉強、研究しようという学生が少なくなりました。学問リストラは学生減少が口実にされますので、東洋史学は真っ先にその槍玉にあがることでしょう。それなら現在の重要な中国・アジアと東洋史学とが無縁ではないことをキチンと世間に知覚、認知してもらわないと始まりませんので、勢い時事に関心をもって、伝達していかざるをえません。

「東洋史」は日本人独自のアドバンテージを持てる分野

【安田】商社員であれ記者であれ外交官であれ、実務能力や語学力のうえで他者と差別化できるのは「+α」の引き出しだと思います。東洋史学の知識はそういう意味で「役立つ」し、日本人独自のアドバンテージを持てる分野だと思うのですが……。研究者側のアピールが必要な時代なのかもしれません。

【岡本】しかし、一般の東洋史研究者にはなかなか時事問題を公の場で語る機会が回ってきません。私の場合はさいわい、お声がけをいただける機会があるので、積極的に発信するようにしています。それはそれで苦労や面倒事も多いのですが……素人の「トンデモ」時事論なんて言われてもいるようです(笑)。そこは安田さんにぜひノウハウを教えてほしいと思っています。

【安田】近年まで、多くの研究者が現代中国を論じたがらない傾向は強かったと思います。宮崎市定や(中国文学の研究者ですが)今年4月に逝去した高島俊男(※)は例外的なくらいでしょう。

※高島俊男:(1937~2021)中国文学者、エッセイスト。主な著書に『中国の大盗賊』『水滸伝の世界』『漢字と日本人』など多数。