中国共産党内の「貴族」と「科挙官僚」の抗争

【岡本】そうですね。共産党体制下の「貴族」層に近いのではないですか。かつての王朝時代に「貴族」といわれた支配層というのは、あるいは王朝政権そのものが、権力の私物化を制度化したものなのです。

【安田】現代の紅二代については、建国前後の政治・軍事組織の中核勢力をルーツとした世襲の権力私物化集団である点で、清の八旗はっき(※)の王侯貴族層や、隋唐王朝の関朧かんろう集団(※)に似た気配さえ感じます。いっぽう、胡錦濤や李克強の出身派閥である団派(共産党青年団派)のような党内の派系パイシーは、かつての科挙官僚の朋党ほうとうに通じるところもありそうです。すなわち、血縁にもとづかない、試験で選抜された官僚たちのエリートグループです。

※八旗:清朝の軍事・行政組織。建国時の軍団にルーツがあり、そのメンバー(旗人)は清朝の支配階層を構成した。
※関朧集団:もとは北魏時代に辺境警備をおこなっていた漢民族と鮮卑系の異民族などからなる軍閥集団。その後に権力を握り、西魏・北周・隋・唐の各王朝では支配階層を形成して貴族化した。

【岡本】地位を世襲する貴族層と、本人の優秀な学業成績ゆえにポストを得た科挙官僚の関係はギクシャクしがちです。清朝の時代も、旗人官僚と科挙出身の漢人官僚の関係は、離合集散をおこないつつも、ある程度は緊張をはらんだものでした。いっぽう、「朋党」の本質もまた権力を私物化するヘゲモニーの争奪であって、中国のうるわしい伝統でもあります。中国共産党の紅二代と団派の関係も想像がつきますよ。

「東洋史はカネ儲けに役立ちますか?」

【安田】近年の大学改革のなかで、東洋史がリストラ対象に挙げられがちなのは、つくづく残念な気がします。中国は王朝時代以来の伝統を継承した国家として存在し続けており、しかもそんな中国国家の影響力は常に増大している。歴史や古典も含めた中国分析の視点が維持・発展されなくては、日本のためにならないと思うのですが。しかし、「東洋史はカネ儲けに役立ちますか?」みたいなことばかり言う人たちに、それをプレゼンすることは容易ではありません。

【岡本】いますよねえ。しかし、現実は厳しいものがあります。現在の日本の大学教育の環境のもとでは、今後も東洋史学が学問として生き残っていけるかさえ悲観的にならざるを得ません。日本において膨大な蓄積があるはずの知識の体系が滅び、軽薄なスキル的学問に取って代わられるのは抵抗感がありますし、なによりそうなるべきではないと思うのですが。

【安田】ただ、2020年の1年間で岡本先生が執筆や監修をおこなわれた書籍は7冊(うち一般書が5冊)もあります。私にしても、今年の半年間で著書を4冊刊行しました。この事実は、東洋史の視点で中国を論じた情報が、実は市場において求められている証拠ではないですか。きっと、本当は需要があったんですよ。

【岡本】安田さんは前向きでいいですねえ(笑)。とうが立ったせいか、どうしても先行きには悲観的になりがちですが、確かにその通りかもしれません。私たちがなんとかできるところから、東洋史が生き残っていけるように一緒に支えていきましょう。

編集部註;本対談は『中央公論』5月号向けに実施されたものを、安田氏がアレンジを加えてまとめなおしたものである。また、文中で物故者についてはすべて敬称を略した。

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