「花小金井」という地名は駅名から付けられた
本書でも言及したが、駅名に由来する町名が後から発生することも決して少数ではないから、たとえば西武新宿線の花小金井駅は「地元の地名が花小金井だったから」ではない。「小金井のお花見に行くならこちらが便利です」という意図を込めたこの創作駅名がまず誕生し、命名から35年も経って駅名に合わせて町名ができたという順番なのである。
駅名にまつわる話は駅の数だけあるはずだ。鉄道会社や地元の思いがたっぷり入った駅名もあれば、妥協の産物のようなものもあるだろう。そういえば上越新幹線の燕三条という駅は新潟県燕市と三条市の境界あたりに設けられたが、三条と燕のどちらを先にするかでまとまらなかったのを、かの田中角栄さんが鶴の一声で駅名を「燕三条」とし、その代わりに北陸自動車道のインターは逆順の「三条燕」にして妥結させた、という話も聞く。
東急田園都市線の新しい駅名として、五島昇社長がじきじきに「たまプラーザ」と命名したというエピソードを聞けば、新しい街を開くにあたっていかに駅名が重要であるかを知らされるが、その背後で採用されなかった歴史的地名のことを考えると思いは複雑だ。
ずいぶん長く書いてしまったが、最初にこんなことをあれこれ並べるより本書を読んでいただくのが先である。明治5年(1872)にたった2駅(仮開業時)で始まった日本の駅は1万ほどに増えたが、その名前をめぐるあれこれを、時代背景などを思い描きながら楽しんでいただければ幸いである。