優秀な社員の流出を抑えるために

いかにすればスター社員たちがより長く会社に在籍してくれるのか。そうしたことを考えるのは、全社的な人材育成や待遇改善を検討することにもつながってくる。

もちろん、独立の意志を強く持った人材を確実に引き留められる方法などは存在しない。だが、彼らに少しでも長く在籍してもらうために、また、残った社員のモチベーションを下げないために、どんな取り組みが有効なのか、さまざまな側面から考えることはできるはずだ。

人材の流動性が高まるばかりの時代にあって、芸能事務所の待遇改善は、人事担当者に多少なりともヒントを与えてくれるのではなかろうか。

「独立すれば、いまの10倍稼げるかもしれない」

広告業界の話に限定するが、エースと呼ばれるようなクリエイターやプランナーは、大切な競合プレゼンに駆り出され、それで勝利しようものならば社内外で高い名声を獲得する。大型予算を使った派手な企画を手掛ければ、「あのような企画をウチでもやってみたい」とまねされたりして、ますますその人物の名声は高まっていく。

そうしてエースの心のなかで膨らみだすのが「ここまで評価してもらっているのだから、独立すれば自分も1億円プレーヤーになれるのでは」「そろそろ、この会社を出てもいいのかもしれない」といった考えだ。いまの組織人としての年収が1000万円であったとしたら、それが10倍に膨れ上がる計算だ。これは大きなモチベーションになる。

「いま自分は35歳。会社に残れば、役員にはなれるかもしれない。そうなると年間数千万円の役員報酬は得られるが、早くても40代後半~50代前半になってからだろう。30代のうちに1億円プレーヤーになれる可能性があるのに、これをみすみす棒に振ってもいいのか……」

そう葛藤するようになったら、もう止まらない。もはやこの人のなかでは「南青山のカッコいいオフィスでクリエイティブな仕事を楽しみながらこなす、オレと素敵すてきな仲間たち」といったイメージができあがりつつある。独立した諸先輩のキラキラした交友関係や手掛けた大きな仕事などを見てきただけに、こうした憧れを抱くのは自然なことだ。そしてまた、優秀な人材が1人、会社を離れていくのである。