そもそもなぜ駅に「図書室」があるのか

なるほど、時代は変化している。新聞、雑誌、書籍の発行部数は2000年代以降、右肩下がりの状況で、電子書籍を除けば出版市場は縮小を続けている。書籍や雑誌が読み放題の定額サービスも普及が進んでおり、紙の本に対するニーズが小さくなっているのは確かである。それにしても、地域や利用者に長年愛された文庫がなくなるのは、時代の変化という言葉では割り切れない寂しさを感じる。

だが、ここでひとつの疑問が生じてくる。根津メトロ文庫が求められた時代とは、どのようなものだったのだろうか。なぜ駅の中に書棚が設置されていたのだろうか。

根津メトロ文庫撤去のニュースは新聞、テレビ、ネット上でさまざまに報じられた。しかしその切り口は判を押したように、消えゆく文庫へのノスタルジー、古き良き時代の回顧ばかりであった。

なぜ消えてしまうのかも気になる。しかし筆者はそれ以上に、根津メトロ文庫が誕生するに至った理由に興味が湧いてくる。根津メトロ文庫が必要とされた理由が分かれば、本当に役割を終えたのかも見えてくるはずだからだ。

キーワードは満員電車、長距離、“ヒマ”なサラリーマン

そもそも根津メトロ文庫はいつ設置されたものなのだろうか。根津駅は今年12月20日、開業から50周年の節目を迎える。撤去理由に挙げられた「書棚の老朽化」という説明や、持ち寄った本を貸し出すというスタイルから、文庫には開業以来の長い歴史があるような印象を受けるかもしれない。しかし、根津メトロ文庫が設置されたのは平成に入ってから。バブル経済真っただ中の1989年9月のことであった。

実は、こうした本の貸し出しサービスは根津駅のオリジナルではない。少なくとも前身の営団地下鉄(当時)では、1988年に四谷三丁目駅に誕生した「クローバーブックコーナー」が最初で、その後、赤坂見附駅の「みつけ文庫」など、いくつかの駅に広がっていったという。そのひとつが根津駅であった。

筆者撮影
「根津メトロ文庫」の外観

日本中を熱狂させた空前のバブル景気と、営団地下鉄で起きた「本の貸し出しサービス」ブームには、何の接点も無いように見えるかもしれない。しかし、メトロ文庫が生まれた背景をたどっていくと、バブル経済という時代の転換期において、鉄道事業者と利用者の思惑が奇妙に合致して誕生したサービスだったということが、次第に見えてくるのだ。

キーワードは満員電車と長距離通勤、そして手持ち無沙汰なサラリーマンであった。