「人間以後」の世界を生きる準備運動

答えのない世界に立ち向かう哲学講座』では、バイオサイエンス以外にも「人工知能」と「資本主義社会のゆくえ」を大きなテーマとして取り上げました。その3つが示しているのはすべて「人間以後」の世界の到来なのです。

岡本 裕一朗(著)『答えのない世界に立ち向かう哲学講座――AI・バイオサイエンス・資本主義の未来』(早川書房)

人工知能の登場で、機械、あるいはモノが人間と同じように考えることができるようになりました。シンギュラリティがどうのという以前に、人間だけが考える時代ではなくなったわけです。

資本主義についても、マルクスが考えていた産業資本主義とは、蒸気機関を中心にした大工場で人間が働いて利益を追求するものでしたが、今はIoTが発達して、人間が働かない工場が登場している。人間が働いて社会的生産をする社会とは違った社会に移行するかもしれない。そうなったときに人間はどうしたらいいのか、という問題は当然出てきます。

今までと違う人間になるかもしれないし、人間が不要になる社会を作り始めているし、人間よりも能率的に考える機械もうみだしている――これが「人間以後」の世界です。これまでの前提が根本からガラガラと崩れ始めるようなものを、自分たちで作りあげているのです。そこで立ち行かなくならないための準備運動として、さまざまな可能性を考えてみましょうというのが、『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』のひとつの目論見でした。実際、中国の「ゲノム編集ベビー」のような事例が出てくると、そうしたことについて考えざるをえないわけです。

「一般的にこう考えられている」を前提にしない

哲学の議論の進め方の重要な特徴は、「一般的にこう考えられている」ということを前提にしないということです。これが哲学の第一歩だと思います。それは果たして本当なのか、どこまでそう言えるのか、そうしたことを検討していく。技術的な問題や経済的な問題を消していって、それにもかかわらず反対するとしたら、理由には何があるのか。こうやって問うていくわけですね。

クローン技術が出てきたときに、イギリスの生物学者であるリチャード・ドーキンスは「私のクローンがいたら面白い」と言いました。こういう態度が哲学の一番の基本ではないかと思います。何か新しいものが出てきたときに、枠にはめて禁止するのではなく、それが一体どのような方向に私たちを導いていくのかを考える――この意味で、哲学は問題を根本から考える良い手立てになるだろうと思います。

岡本裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
玉川大学文学部教授
1954年生まれ。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。九州大学文学部助手を経て現職。西洋の近現代思想を専門とするが興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。2016年に発表した『いま世界の哲学者が考えていること』は現代の哲学者の思考を明快にまとめあげベストセラーとなった。他の著書に『ポストモダンの思想的根拠』『フランス現代思想史』『人工知能に哲学を教えたら』など多数。
(構成=早川書房編集部 撮影=プレジデントオンライン編集部 写真=iStock.com)
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