中国の研究者が「ゲノム編集ベビー」を誕生させたと発表し、批判を集めた。だが問題はどこにあったのか。『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(早川書房)でゲノム編集の是非を論じた玉川大学の岡本裕一朗教授は「親が子の能力を高めたいと願うのは当然のこと。『塾に通わせる』と何が違うのか」と問題提起する――。

倫理的な問題と技術的・手続き的な問題は別

玉川大学 岡本裕一朗教授(撮影=プレジデントオンライン編集部)

――中国・南方科技大学の研究者が「HIVに耐性を持つようにゲノム編集を施した受精卵から、双子を誕生させた」と発表し、物議を醸しています。岡本先生はこの件をどう見ていますか。

学会や政府系の委員会は「倫理的に問題がある」という形で反対意見を出しています。しかし私に言わせれば、何が「倫理的」かが明らかではないことが残念です。そもそも事実がよくわからないのに、それを明らかにする前に、「臭いものにはふたをする」で抹殺してしまうと、技術的な点を含め、大きな問題として解明できなくなってしまう。一気に反対・禁止をするよりも、具体的にどういう形でどこまで可能になったのかを明らかにすることが先だと思います。

中国がヒトの受精卵に対してゲノム編集を行った事例は、数年前から報告されていました。いずれ中国で母体に戻すことも行われるだろうと予想はしていました。だから私が驚いたのは、中国政府がこの研究者に対して、早々に活動停止処分を下したことです。事実関係すら明らかにならないまま闇に葬られてしまうのはとても残念ですね。

「安全性を確保すべき」という意見はもっともですし、リスクやメリットなど親に適切な情報を与えることも必要です。そうした意味での批判はよくわかります。しかし、仮にそうした手続きを踏んだ上で、今回のゲノム編集が行われたとすれば反対する理由は何なのでしょうか。これが問題です。

技術的な問題、手続き的な問題と、倫理的な問題はまったく別ものです。倫理的にはむしろ、「病気を治療してなにが問題なのか」という話になるかもしれません。

病気治療のためならやってもいいのではないか

――今回の反対意見の大きさによって、今後ゲノム編集技術の進展には歯止めがかかるのでしょうか。

おそらくそうはならないと思います。今回の出来事は、体細胞クローン技術によってクローン人間が誕生するかもしれないと言われた時によく似ています。怪しげな宗教団体などが「クローン人間を作成した」と主張し、「クローン人間反対」を叫ぶ動きが世界的に起こりました。ただし、それに比べると今回はずっとニュアンスがやわらかい印象があります。

というのも、遺伝的な病気なら、受精卵の段階でゲノム編集をして、病気になる遺伝子を持っていない子供を生みだすことが一番の予防になります。他に治療法がないからです。体外受精して該当部分の遺伝子を組み替えることで、病気が発生しなくなるのだとすれば、そのことに対する社会的な拒否反応は少ないはずです。

「病気治療のために、問題となる遺伝子を変えてしまおう」という言い方で導入されれば、そんなに抵抗感は大きくないですよね。社会的には、クローン人間の場合は名前だけで拒否反応がありましたが、今回の中国の事例に対しては、「今回のやり方はまずかったかもしれないが、科学の発展と病気治療のためなら、きちんとした手続きと制度が整ったらやってもいいんじゃないか」という意見が結構あると思います。