千とせの凋落と弟子の大ブレイク

千とせに訊ねると、「ぼくの弟子です」と強い調子で言った。

「ぼくがツービートを初めてテレビに出してあげたんだもの。山城新伍さんの番組。そのときたけしは素面じゃ出られないって、酒を飲んで2時間も遅れてきたんだよ」

千とせによると、彼の師匠である千代若が周囲に唆され、孫弟子まで自分の弟子だと言い出したことで、混乱してしまったという。

「私の弟子をみんな千代若師匠の弟子にしちゃえと言った奴がいるんです。師匠も悪い気がしないから、たけしたちを弟子にしちゃった。はっきりと書いてください。たけしは私の弟子で、ツービートは私が名前をつけたんだから」

“弟子”であったツービートは“毒舌漫才”で一気に駆け上がり、そこから落ちることはなかった。

一方、“師匠”千とせの人気は長く続かなかった。いわば最初の一発屋である。彼は人気絶頂の時期にアメリカ、ブラジル、東南アジアなどの海外公演を行っている。

芸人の人気は儚いものだ。しばらく姿を見なければ忘れられる。それにも関わらず、なぜ海外公演をこの時期に行ったのか。そう訊ねると「みんなにね、憎まれちゃった」とぽつりとこぼした。

人気稼業を続けていくための条件

ある劇場でのことだ。

「ぼくはテレビの出番とかがあるから、やってすぐに出なきゃなんないときがあったんです。すると、前の人がわざとゆっくりと(演目を)やるんです。ポンポンってやれば、間に合うはずなのに、時間をかけるんです。そうなると、ぼくは、あ――ってなってしまう。そうなると時間がないから、もう行かなきゃ、と。それを何回もやられた」

田崎健太『全身芸人』太田出版

仲間の嫉妬を器用にやり過ごす、あるいはねじ伏せる。対処方法はあったはずだ。

「それまではへっ、みたいなもんでしたよ」

千とせは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「でもそのときは出来なかった。急に(気が)弱くなってしまったんですね」

千とせには人気稼業を続けていくのに必須のずぶとさ、したたかさがなかった。

これも芸人の光と影の現実である。

(撮影=関根虎洸)
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