雪山に出かけて“奇襲”をしかけるも……

恋愛も同じだ。このままダラダラと迂遠な手を使っていては「親切な上司」のまま終わってしまう。多少乱暴な策であっても、ここは一気呵成に勝負をつけにいかねばならない。何か策はないか? 僕は社内カレンダーをめくった。「スキー社員旅行」の文字が見えた。これだ!

孫子の書かれた時代、兵士の多くは徴募された農民であって、彼らは隙あらば軍隊から逃げ出して、おうちに帰ろうとしたという。そういう士気劣悪な軍隊をやる気にさせるために、孫子は軍隊を敵地の真っ只中にこっそりと連れて行くことを推奨した。いつの間にか危険地帯に連れて来られた兵たちは、諦めて全力で戦うしかなくなる。そうして無理矢理にでも士気を高めるのが用兵の極意だという。孫子のルール、その七、「兵を往く所なきに投ずべし」。

ゆえに、これを現代の恋愛に応用すれば、こうなる。

「ごめん、遭難した」

3メートル先も見渡せない真っ白な猛吹雪の中、僕は背後に付いてきた高音さん他数名の若手社員に向かってそう告げた。彼らはアホみたいにポカンと口を開けていたが、ややあって、高音さんが恐る恐る尋ねてきた。

「え? 山田係長は昔スキーヤーで……山のことならなんでも知り尽くしてるから、任せろって……」
「うん。スキーヤーだったけど、それはそれとして迷った」
「え……」
「こうなった以上、一致団結して、避難小屋を目指すしかない!」
「……」

呆然としていた面々の顔が、次第に決意の色に染められていく。死にものぐるいで生還する覚悟を決めたのだ。よし、孫子の教え通り! このイベントを機に僕たちの仲はぐっと深まることだろう、わははは!

「あれ? そういえば伊集院さんは……」

高音さんがキョロキョロと辺りを見回した。

「さあ。途中で帰ったんじゃないかな」

伊集院のアホは先程崖下に蹴り落としておいた。あいつまで一緒に結束を固めやがったら意味がないからな。

よし……。